I'll Lead You Home (第14話)

HOME BOUND ‐02

パリスが目覚めると、見慣れた医療室の天井があった。
彼は驚きに目を瞬き、息を継ごうとしたがなぜかうまく行かない。何か大きなものが、喉元に引っかかっているようだ。
「よく戻ったな、中尉。」
ドクターの声がしたのでそちらに首をまわし、呼吸が出来ないことを訴えようとしたが声が出ない。
「心配ない、やや過呼吸気味になっているだけだよ。ゆっくり深呼吸して。」
パリスは何とかそうしようとしたが、やはり何かが引っかかっている。ドクターのトリコーダーがアラームを発し始め、彼はますます焦ったが、どうしても肺が言うことを聞いてくれなかった。その時…
「いいのよトム、もう誰もあなたを傷付けない。我慢しないで泣いていいの。」
囁くような声とともに、誰かの手が彼の肩に触れ、その時初めて、自分が涙を流していたことにパリスは気がついた。
「…艦長…?」
嗚咽とともに声が漏れ、パリスはようやく、喉を塞いでいたかたまりを飲み下す。
「お帰りなさい、トム。一時はどうなるかと思ったけど…。」
「…どうやって僕を…?」
「ラミアーたちが、あなたの身体を保護してくれてたの。そしてトゥボックが、あなたの“カトラもどき”を引き受けて運び、ラミアーたちの協力であなたの身体に戻したのよ。ヴァルカン人の“カトラ”じゃないからトゥボックも一時危なかったけど、今は回復してる。ハリーとベラナも問題なく目覚めて元気に任務に就いてるわ。あなたが目覚めたことをドクターが知らせたはずだから、覚悟しておいた方がいいかもね。」
「済みませんでした艦長…。なんてバカなこと…俺…っ!」
「私のためだったのね…。ラミアーが教えてくれた。だから今回だけは、あなたを責めたりはしない。だけどトム、覚えておいて。人間は機械じゃない。簡単に取替えはきかないの。どんな見返りがあっても、自分の命を取引きの道具に使うことは、2度とは許しません。分かった?!」
「…了解、艦長…。」
「それじゃ、ベラナたちを呼ぶから…。」
「済みません艦長。その前にトゥボックと話せますか?」

扉の開閉音がして目を向けると、ヴァルカン人が音もなくパリスのベッドに歩み寄って来た。
「…本当に済まなかったよトゥボック。君や皆に迷惑かけるハメになるとは夢にも思わなくてさ…。」
「謝罪には及ばない。今回は君に一つ、貸しておくとしよう。」
ヴァルカン人トゥボックは、眉一つ動かさずにパリスお得意のセリフを言ってのけ、本人を驚かせた。
「そもそもラミアーたちの運命に同情しちまったのが運のつきだったんだろうな。以前キムから、ヴァルカン式の瞑想法で感情をコントロール出来るようになるって聞いたけど、頼んだら僕にも教えてくれるかな?」
「もちろんだ。君が望むならプログラムを用意しよう。だがパリス中尉、君はヴァルカン人ではない。シンパシーによって他者との絆を築く能力こそが、君たち地球人の最大の強みであると、常々私は思っている。それに第一、君は自分がヴァルカン人ごときに手なずけられる男だと、本気で信じているとは思えない。この認識は間違っているかね? 中尉。」
これまでにないヴァルカン人の口調の柔らかさに、パリスは驚いて目を上げた。
トゥボックの表情はいつも通りのポーカーフェイスだが、覗き込んだ黒い瞳には、ほとんど微笑と言ってもいい、暖かい輝きが宿っている。
「君の論理はいつも完璧だよ、トゥボック。」
「当然だとも。」