I'll Lead You Home (第11話)

夜明け前 ‐03

半ば意識を失ったパリスが大男に担がれ、再び独房に戻されるのを、ハリー・キムはただ眺めていた。
フォースフィールドが再起動されるブーンという音を聞いてからもかなり時間が経つが、ベッドに座り込んだまま、キムは動けずにいる。
彼に何と声をかけたらいいのだろう?
ベラナ・トレスやチャコティ副長なら、きっとふさわしい慰めの言葉を見出すに違いない。こういう場面では自分の経験不足をいやと言うほど思い知らされる。だがいつまでも、パリスを放っておくわけにも行かない。意を決したキムがベッドから降り、壁に寄りかかって声をかけようとすると…

…落としたパン屑も闇に飲まれ 来た道を戻れなくなっても
Vultures of darkness ate the crumbs you left
You got no way to retrace your steps

ただ僕に任せて 君を家まで送るから…
Just leave it to me
I'll lead you home


囁くような声で、パリスが歌っていた。

僕の呼び声を聞いて この声を
Hear me calling
Hear me calling

僕に預けて 君を家まで送るから…
Leave it to me
I'll lead you home

…そら見ろ、やっぱり帰りたいんじゃないか…。だが、キムが口に出したのは別の言葉だった。
「いい声だねトム。何て曲?」
「…知らない。」
「じゃあ、いつ、どこで覚えたの?」
「昔のことさ。子どもの頃、父さんが好きでよく聴いてたアルバムの中の1曲だ。ホントはもっと長かったと思うけど、実は殆ど忘れちゃっててさ。」
「ヴォイジャーのコンピュータなら、歌詞から曲名が分かるかも知れないよ。」
「…俺はもう戻れない。」
「トム、まだ言って…。」
「…見たんだろ。」
…沈黙。
「…もともと俺には、帰りたい家なんてなかった。ヴォイジャーでの暮らしが楽しすぎて、勘違いしたのさ。今はもう、自分がピーターパンじゃないって思い出した。もう二度と、空は飛べないんだ…。」
「ピーターパンじゃないけど、キャプテン・プロトンなら?」
「いい加減にしろよハリー! お前こそ、とっとと戻ったらどうなんだ?」
「君が素直になれない理由も分かるけど…。でも君こそ、これほど辛い目に遭ってたのに何で話してくれなかったんだ? どう見ても一人で背負いきれる重荷じゃないのに…。ベラナや僕が、何のためにいると思ってるのさ?!」
「やめろ! ベラナって言うな! 思い出させるなよ…っ!」
語尾が震え、嗚咽に変わっていく。
「トム、ごめ…。」
「何もかももう遅い! 俺はとっくに死んじまってんだ…!」
『…トレスからキム少尉。ハリー、無事なのよね?』
突然、キムのコムバッジが息を吹き返した。
「うわっ、ベラナ。凄いタイミングだね! こっちは生きてるよ。そっちこそ大丈夫?」
パリスの泣き声がピタリと止まる。どうやら聞き耳を立てているようだ。
『聞いて、大丈夫どころじゃないわ! どうしてもトムに会わせたい人が隣にいるんだけど、彼どこにいるの?』
「僕の隣の房にいるよ。さっきまで壁越しに話してたから、今も聞こえてると思う。会わせたい人って?」
『それよりハリー、ちょっと困ったことになってるの。何とかエントランスまで来たんだけど、例の係官がE棟に入る許可をくれないのよ!』
「ベラナ、隣にいる人ラチナム金貨持ってない?」
『そんなもの、あるわけないわ!』
「ちょっと待って…。コムバッジは完璧に機能するんだよね?“2名転送”って言ってみれば?」
『ムチャよ、転送装置なんてどこにあるの?』
「僕らの頭の中。」
『…分かった。とにかくやってみるわ。2名転送!』
「なぁトム、ベラナって面白いよね? すごく頑固なのに、いったん納得したら…」
キムがまくし立てている間に、フォースフィールドの向こうに宇宙艦隊の制服を着た2人の人物が実体化した。
「…もう迷わない。」
トム・パリスはキムの言葉をほとんど聞いていなかったし、トレスの姿も目に入っていなかった。
「…と、父さん? 何で、あんたがここに…?」
パリスの呟きが聞こえ、キムも驚きに目を見開いた。
「パリス提督だって? ベラナ、一体どうやって…?」
提督は躊躇なくパリスの独房に近付き、おもむろにパリスを覗き込む。
「何を驚くことがある? 私は息子を取り戻しに来ただけだ。」