I'll Lead You Home (第10話)

夜明け前 ‐02

「…済みません艦長、順を追って話します。
先ず“父”と言ったのはあくまで比喩的な表現で、私たちは同じ者なんです。お互いがお互いの存在の一部と言うか…。そして私たちの種族は、もう私たちしか残っていない。何億年も前から進化して来たから、滅び行く運命なの。というのも私たちのエネルギー源は、あなた方のように精神の入れ物としての肉体を持つ種族の生体エネルギーで…、これまで彼等からそれを吸い尽くして生きて来た。だけど父は、そんな自分達の性質を呪っていたの。いつからか、他の生命体を脅かしてまで生体エネルギーを得ることを止めてしまった。同時に研究を始めたわ。生体エネルギーの代わりになるものを、私たちの手で作れないかって…。
でもそれはうまく行かなかった。長いことまともなエネルギーを摂取しなかったせいで、父の命の火が消えかけてるの。そんな時にパリス中尉の思いが飛び込んで来て、父は取引きすることを思いついた。彼の思いを叶えてやる代わりに、そのエネルギーを貰い受ければ、しばらく命をつなぐことが出来る。その間に研究が実を結ぶかも知れないからって。
父がある方法でパリス中尉にそれを伝えた時、彼は全く躊躇しなかった。望みが叶うなら、僕の命なんて安いものだって言ったわ。それがまさか、彼をこんな目に遭わせることになるなんて…。」
驚いたことに、ラミアーの陶器のように透き通る頬に涙の筋が光っている。
「彼が過去に、これほどの闇を抱えていたとは、私たちにも予想外だった。そして彼は、自身でその闇の世界に結界を張ってしまったのよ。これまで何度も、破ろうと試みたけどだめだったわ。どうしても結界の外から、彼に呼びかけることが出来ないの…。」
「艦長、ご報告申し上げようと思っていましたがこちらでも…。中尉の夢の中である場所に達すると、リンクがあってもこちらからの声が届かなくなるようでした。ラミアーの言うように、中尉の心が強固な壁を築いたと言うことでしょう。」
「…でもそれも、あなた方の2人のお仲間が来るまでの話よ。」
ラミアーの言葉に、考え込んでいた艦長が顔を上げる。
「艦長、パリス中尉の仲間の一人が、彼の結界に入り込めたの。」
「それはキム少尉だ。トレス中尉もラミアーの“父”と思われる生命体との接触に、成功しています。」
「本当なの? トゥボック、ラミアー…」
「艦長、希望はあります。彼らなら、トムを救えると思う。だって今なら、彼らを通してトムに働きかけることが出来るんですもの!」
ラミアーがパリスを“トム”と呼び始めたことに、ジェインウェイは感じ入っていた。
パリスは数年前、一度彼女に殺されかけたにも関わらす、その後提出された報告書には、彼女がファーストコンタクトをやり直したがっていたことや、彼自身もそれを望んでいる心情が書き加えられていた。
“僕に2度目のチャンスが与えられたなら…”
そんなトムだからこそ…。
「ありがとうラミアー。トムの魂が救われると分かって私もうれしい。だけど彼が死んでしまった事実は、今さらどうしようもないんでしょう?」
「いいえ艦長、そうでもないわ。」
「どういうこと? まさか、死人を甦らせるなんてことが、出来るわけじゃないわよね?」
「もちろん、それとは少し違うと思う。トムの魂が過去に捕えられた時点で、父はこの取引きが間違いだったと悟ったの。だから、あなた方が宇宙に放った彼の身体をすぐに保護したわ。今は私たちの故郷の星で、彼の魂が戻るのを待ってる。トゥボック、ヴァルカン人のあなたなら、たぶん分かってもらえるわね?」
「…それはつまり、パリス中尉の肉体が“カトラが抜けた状態”のまま維持されているということなんだな? その星の座標は?」
ラミアーの手のひらに、小さなアイソリニアチップが魔法のように現れた。
「トゥボック!」
「了解しました。直ちに天体測定ラボで解析します!」
ラミアーからチップを受け取ったトゥボックが、韋駄天のごとく扉の向こうに消えてしまうと、艦長は改めて、ラミアーと正面から向き合った。
「まだ一つ、疑問が残ってるんだけど。」
「…トムからの、メッセージの内容ね。」
「そうよ…と言うか、トムの叶えたい望みなら、私の望みでもあるから分かるんだけど、彼自身は本心ではそれほど帰りたがってなかったはずなのよ。だからそんなに強く、一体何を思ったのかと…。」
突然、ジェインウェイの周囲の景色が変化した。
大きな窓から星々の覗くここは、ニーリックスの食堂だ。しかも時間帯が悪いらしく、照明が落とされて暗い上に、客が一人しかいない。奥まった窓際の席でコーヒーを啜っているのは、何とジェインウェイ自身だった。
彼女はカップを置くとしばらく動かなかったが、そのうちに片手をゆっくりと顔に持って行き、目を拭うしぐさをした。
この光景なら覚えがある。あれはそうだ、トムが死を選ぶ1週間ほど前のことだったろうか。窓際の彼女はコーヒーのことなど忘れてしまった様子で、今度は両手で顔を覆っている。その時入り口の扉が音もなく開き、一筋の光が射しこんだが、自分の感情の嵐と戦っていた彼女は全く気付いた様子がない。扉の向こうからそっとこちらを窺う男の影は、背の高さから見てもトム・パリスであることは間違いなかった。彼はしばらく、戸口に寄りかかってジェインウェイを眺めていたが、結局食堂に入ろうとはせず、無言でその場を立ち去った。
ジェインウェイは再びシェ・サンドリンの閑散とした店内で、ラミアーと向き合って立っている。
「見られてたのね、選りにもよって、トム・パリスに。」
「…艦長、トムはヴォイジャーでの生活があまりにも充実してて、地球に帰る日を恐れてたこともあったの。だからよけいに、あなたの涙がショックだったのね。あなたの重荷を、何とか軽くしたいと思ったのよ。父からの申し出は、だから渡りに舟になるはずだった。」
「ありがとう、トムがどうして、無謀な取引きに応じたのかは理解出来たと思う。だけどラミアー。もしこの取引きを白紙に戻してしまったら、あなた方はどうなるの?」
ラミアーは悲しげにほほ笑んだ。
「トムにもあなたにもヴォイジャーにも、それは関係のないことよ。」