I'll Lead You Home (第7話)

無 空 間

「…トム…ハリー、どこなの?」
トレスは慌てて、チャコティ副長にもらったはずの“目覚めの石”を探したが、彼女はどこにも身に着けていなかった。ハリーの言う通りだ。夢なんて誰にも、コントロール出来るものじゃない。
私はどうなるのだろう? このまま目覚めることも出来ないままで…?
『…キムよりトレス中尉。』
聞き慣れた空電音越しの声にトレスもすぐに反応し、胸のコムバッジを叩いた。
「トレスよ。」
『よかった! 君のお守りは、ちゃんと機能してるみたいだね。』
「あなたのお陰よ、ハリー。」
『今どこ?』
「さあ、それが…よく分からないわ。とにかく真っ暗で、何も見えない場所なのよ。あなたはまだ、E棟にいるのね?」
『そうなんだ。あれからトムがどこに連れて行かれたのか、誰も教えてくれなくて手詰まり状態でさ。だから僕も、自分のお守りを使って独房に入り込む方法を考えた。これから試してみるところだ。』
「危険な方法じゃないわよね?」
『心配ないと思うよ。昔ながらの単純な方法だから。それより君こそ、危険だからしばらくそこを動かない方がいいかも知れないね。』
「動こうにも、どっちに行ったらいいのかも分からないわ。そのうちトゥボックが、ガイドしてくれるはずよね?」
『そうだね。彼の声を待つのが一番かも。じゃ、これからさっきの係官のとこに行ってみるから。』
「幸運を、ハリー。」
コムバッジが静まり返ってしまうと、暗闇に取り残されたトレスはとりあえずその場に腰を降ろし、ヴァルカン人の声を受け入れやすいように、頭の中を空っぽにしようと努力した。しばらくそうしていると…
“…聞こえているかね? トレス中尉。”
「トゥボック! よかった、まだつながってるのね?」
“私も、反応があるとは思っていなかった。実は管理センターを出た後は、君たちの行動をモニター出来ても呼びかけへの反応がない状態が続いていた。現在もキム少尉からの反応がないようだが、理由が分かるかね?”
「どうしてなのかまでは分からないけど、たぶんE棟の中にいたからだわ。ハリーがまだ、そこにいるの。彼、私に待機した方がいいって言ったけど、後を追うべきかしら?」
“そこはかなり暗い場所のようだな中尉。少尉の言うように、動き回らない方がいいだろう。というのも実は、君のいる場所と同じ空間内に、先刻から別の知的生命体の存在を感知している。もしかするとパリス中尉の取引き相手という可能性が高い。恐らく向こうも、君の存在を捉えているだろうから、何らかの接触があるまでその場所に留まってもらいたいのだ。”
「分かったわトゥボック。じれったいけど、ここで待ってる。」
“了解した。トゥボックより以上。”
…“以上”って、コムバッジの通信じゃないのよ…。トレス中尉はヴァルカン人の四角四面な表情を思い浮かべてほほ笑んだ。
トムにも今の会話が伝わってるといいのに。みんなあなたの為に頑張ってる。無駄にしたら、もっと酷い地獄に私の手で叩き落してやるから。

ハリー・キムは言われた通り、もと来た道を戻りE棟を出て、管理センターに向かった。
例の太り返った係官のいるカウンターに来ると、大あくびに出迎えられた。
「トミーの坊やには会えたんだろ? 他に何の用だ?艦隊の坊や。」
「僕は坊やじゃなくて、ハリー・キム少尉だ。あんたに頼みがある。僕も独房に入れてくれ!」
係官はキムの顔を、きっかり10秒間見つめ、直後にヒステリックに笑い出す。
「あっはは、そりゃ簡単さ! 外へ出て人の2,3人も殺してくれば入れてやる。坊やに出来ればだが。」
「そうじゃなくて、僕は今すぐ入りたいんだ!」
係官はなおも訝しげにキムをひと睨みしてから、カウンターの上の端末を覗き込んだ。
「キム少尉といったな坊や。独房に入るには罪状が必要だ。」
「罪なら山ほど犯してる!」
「だがこっちの記録はまっさらだぞ、少尉?」
キムはごそごそと腰のポケットを探り、小さな翡翠のお守りを引っ張り出した…つもりだったが、係官の目の色が変わった。
「…ラチナム金貨じゃないか! あんたみたいな坊やが、どこでそんなものを?」
「ただの魔法さ。」
キム少尉はしてやったりとほほ笑んだ。