I'll Lead You Home (第2話)

兆  し

翌朝のミーティングに、真っ赤に泣き腫らした目で現れたトレスとキムは、艦長以下上級士官全員のもの問いたげな視線を浴びたが、その日の議題は別のことだった。
艦長が解散を告げ、機関室へ向かうためトレスが乗り込んだターボリフトのドアが閉まる寸前、キム少尉が滑り込んで来たので中尉は面食らった。
「あなたはブリッジ勤務でしょ、ハリー。」
「ちょっと話すだけだよ、すぐ戻る。昨夜はごめん、トムのこと話すのあれ以来だったから、つい感情に流されちゃって…。」
「謝らないでってばハリー、悪いのは私よ。もう無理に思い出させたりしないから…。」
「違うんだよベラナ。実は僕の方にも、気になることがあったんだ。ずっと避けてたせいで気付くの遅れたみたいだけど…。だから君さえよければまた今夜、話しに行ってもいいかな? 今度こそ、冷静になれる気がするから。」
トレス中尉の顔にほんの一瞬、明るい光が射し込んだ。その自然な喜びの表情を、トム・パリスがいなくなって以来一度も見ていなかったことに少尉は改めて気付く。
「それじゃ、ディナーを用意して待ってるわ。食べたいものがあったら、後でリクエストしてね。」
「OKベラナ、また後で。」
機関室のあるデッキでトレス中尉が降りると、少尉は「ブリッジ」と告げ、2人はそれぞれの任務に戻った。


「…それでさ、トムの奴、その期に及んでデラニー姉妹の区別もついてなかったんだ!“双子なんだからどっちだって同じだろ?”なんてさ、その程度の観察力でよく君を見つけられたもんだって、ニーリックスにからかわれてたっけ。」
「そりゃそうよ。見付けたのは彼じゃなくて、私の方だもの。」
少尉が目を上げると、トレス中尉が涙目になっている。2人は夕食を終え、ニーリックスおすすめのハーブティーを楽しんでいるところだ。
「ごめんベラナ。どうもまた流されそうな方向に進んじゃってるかな。軌道修正した方がいい?」
「…いいのよハリー。だけどそろそろ、あなたが気になってることを聞かせてもらいたいかも…。」
「オーケー。あの日の僕は勤務のあとしばらくホロデッキで遊んでた。でもキャラクターを修正したくなって、トムと一緒に作ったプログラムだったから彼にもお伺いを立てに行ったんだ。部屋に入った時、ベッドの横で倒れてたトムの身体はほとんど冷たくなってて…。彼の頭の近くに転がってたフェイザーが“至死”にセットされてるの見たらパニックになっちゃってさ。保安部員が来て僕を連れ出すまで、トムにすがって名前を呼び続けてた。眠ってるだけだって、信じようとしたんだと思う。でもそんなパニックの最中も妙に冷めて観察してる僕がいてさ。彼の死に顔が穏やか過ぎるのが妙だなあって、ずっと引っかかってたんだ。」
「…どこで仕入れた情報だか忘れちゃったけど、自殺者の遺体はほとんどが悲惨なことになってるって聞いたことがあった。どんな理由にせよ自ら死を選ぶ人間は現世にすごく強い思いを残してるわけだから、最後の瞬間にその未練が刷り込まれちゃうものなんだ、って話でさ。説得力があって忘れられなかったから、きれいな顔のトムを見た時はホントに妙だと思って…。だって、自分で自分の頭を撃ち抜いたってのに、穏やかで満足そうな顔だったからさ。フェイザーの傷は火傷になるからほとんど出血もなくて、楽しい夢見てんだから起こすなよ、ってな雰囲気で…。」
「…でも、だからこそ逆に、そのあと襲って来た怒りが凄かった。あの世がパラダイスに見えるくらい毎日が辛かったなら、何で僕に話してくれなかったんだ…って。葬儀の最中より、時間が経った今の方がだんだん抑えられなくなって来てるんだよね…。」
「分るわ、ハリー。その怒りなら、私も毎日抑えつけてる。それに確かに、満足して自殺を選ぶ人ってのも、あんまり聞かない気がするし…。」
「それじゃ、ベラナの気になることって?」
「…夢を見るのよ、ハリー。」
「どんな? トムが出てくるの?」
「そうよ。…って言うか、あれはトムだと思う。どこか狭くて湿っぽいところに、閉じ込められてるみたいだったけど…。」
「…もしかして、左上に窓があって、そこから山が見える部屋?」
「まさかハリー、あなたも見たことある、なんて言わないでよ!」
「見たことある、じゃなくてこのところ毎晩見てる気がするんだけど…。」
「いつから?」
「う~ん、トムの葬儀の後、1ヵ月過ぎたくらいから…かなあ?」
「助けを求めてる感じじゃなかった?」
「…そうだね…。そういえば、こっちに向かって何か叫んでたことはあったかも。」
「だけど、彼の声は聞こえてこないのよね…。」
「うん、かなり切羽詰ってる感じだけは、伝わって来るんだけど…。」
「…艦長に報告しなきゃ!」
「ただの夢だよ、ベラナ。」
「だけど、2人同時に見てるのよ? いくらトムのことで似たような気持ちを抱えてるからって、夢まで同じってないんじゃないの?」
トレス中尉の迫力に押され、キムはその場でコムバッジを叩いて艦長に報告を入れる。
ジェインウェイ艦長は翌朝のミーティングで、議題に加えると約束してくれた。