I'll Lead You Home (第1話)

序  章

アルファ・シフトが明けた直後の、宇宙艦ヴォイジャーの食堂は喧騒の只中にあった。
“早く帰って眠りたい…”“ホロデッキ予約したよ!”等、リラックスした会話の断片があちこちのテーブルからこぼれて来る。
だが目を凝らすと、奥まった窓際の一角にそんなざわめきとは完全に隔離された空間が見つかった。
ハリー・キム少尉が、今日も一人でぼんやりとパッドを見つめながら、いかにも気のない様子でスプーンを握り、目の前の皿の中身を口に運んでいる。
時折パッドを脇に置き、焦点の定まらない目を泳がせて溜め息をつくばかりの自分に、声をかける物好きなどいるはずもないと踏んだ少尉だったが、
「ここ、座ってもいい? ハリー。」
ためらいがちなその声に顔を上げると、小柄なクリンゴン・ハーフの機関主任、ベラナ・トレス中尉と目が合った。
「もちろんだよベラナ。何か飲む?」
キム少尉は笑顔で歓迎の気持ちを表しながら、手ぶらで目の前の席に腰を降ろそうとする中尉に尋ねたが、彼女は首を横に振った。
「いいのよ。あなたに聞きたいことがあるだけだから。」
「それって、仕事の話?」
「いいえ、違うの。…実は、言いにくいけどトムのことなのよ。彼が…自殺した理由を、あれからずっと考えてる。親友のあなたなら、何か思い当たることがあるんじゃないかと思って…。」
手に持ったパッドとスプーンを唐突に放り出し、キム少尉は両手で顔を覆ってしまった。
「今さら何だよベラナ! もう3ヶ月以上経つんだぞ! 一生懸命忘れようとしてんのに、何で思い出させるんだよ?!」
少尉の悲鳴に近い絶叫に、トレス中尉は一瞬言葉を失った。
「…ごめんなさい、ハリー! だけど私、どうしても…。」
「放っといてくれ! トムの話なんか聞きたくない!」
「ハリー待って! お願い、逃げないで聞いて…!」
トレス中尉の涙声の懇願も聞かず、少尉は乱暴に立ち上がると、パッドも食器も放り出したまま食堂を飛び出して行ってしまった。
直前までの喧騒がウソのように静まり返った食堂で、俯いて座ったまま動けずにいるトレス中尉に、ニーリックスがゆっくりと近付いて行った。
「なあ、ベラナ。おいらでよかったら話を聞くよ。君の疑問には答えられないかも知れないけど…。」
「ありがとうニーリックス。あなたの食堂を騒がせてごめんなさい…。」
「君のせいじゃない。そうだ、艦長に頼まれてハーブ・ティーっての作ったんだけど飲んでみる? 気持ちを静める効果があるって聞いたんだけど。」
「そうね、飲んでみる方がいいみたい。」
どうにか笑顔を見せて答えた中尉にニーリックスが頷き、ポットを取りにカウンターに向かい始めると、ゆっくりとざわめきが戻って来て、食堂は元の騒がしさを取り戻した。


ハリー・キムはトレス中尉の私室の前に佇んでいる。
彼女が機関室でのシフト勤務を終えてから、かなりの時間が経っているので明日のためにもう床に就いているかも知れない。しばらく逡巡した後、ドア・チャイムを鳴らすとすぐに、
「どうぞ。」
という中尉の落ち着いた声とともに扉が開いた。
トレス中尉はシンプルな部屋着姿でリラックスして見えたので、少尉は内心ほっと胸をなで下ろす。
「こんな時間にごめん、ベラナ。でも食堂でのことをどうしても今日中に謝りたくて…。」
「…いいのよ少尉。私も悪かったわ、あなたの気持ちも考えないで。話がそれだけなら…。」
「待ってベラナ。僕を部屋に入れてくれる?」
「…どうしたの?」
「…トムのことを、話したいんだろ? 実はあれから、頭を離れなくなっちゃってさ。君だって…いや、君の方がずっと、辛くて忘れたいはずなのに話題にしたってことは、何か気になることがあるんだって気がついた。それなら僕も、ぜひ聞いておかなくっちゃって、思い直したから来たんだよ。」
トレス中尉は無言で少尉を招き入れ、椅子をすすめると自分もテーブルの向こうのカウチに腰を降ろす。
「食堂でも言いかけたことだけど…。私はトムの、自殺の理由を探してる。だって、最初に彼が自殺したって聞いた時、私ったら冗談だと思って思いっ切り笑い飛ばしてるのよ! それぐらい、彼には似合わない組み合わせだと思わない? もちろん何かに悩んでる様子も全然なかったし…。だから時間が経てば経つほど、彼が居ないって現実を受け入れられなくなってくるのよね…。」
「分るよベラナ、すごく良く分るし、僕も同じ気持ちさ。きっと本心では受け入れてないんだ。だけど…。幸か不幸か、僕が最初に、部屋で倒れてる彼を見付けちゃった人間だからね…。あの時の、トムの身体の冷たさが、まだこの手に残ってる…。」
そう言って震える両手のひらを目の高さまで持ち上げた少尉の肩に、トレス中尉の片腕が伸びて来てしっかりとつかんだ。
「ああ、ハリー…。」
「…絶対信じたくなんかないよ、ベラナ! 何でトムは、僕に何も言ってくれなかっ…」
中尉が音もなくカウチを離れ、嗚咽で言葉をつまらせたキム少尉を抱きしめる。
「悪かったわハリー。本当にごめん…。分ってたはずなのに。あの時あなたがどんな思いで…。」
トレス中尉の言葉も涙で途切れ、2人はそのまま長い時間、抱き合って泣き続けた。