Rest your Wings -翼を休めて- (後編)

 その夜、シフト勤務を終えた副長が自室のソファで寛いでいると、唐突にドアチャイムが鳴った。
どうぞと返事を返したものの、しばらく待っても扉が開くどころか2度目のチャイムが鳴るに及んで、副長は仕方なく扉を開けるため腰を上げる。
開いた扉の向こうにいたのは、まだ青白い顔色のパリス中尉だ。向かいの壁に背中を預け、どうにか倒れずに立っているといった印象だった。
「あのドクターがよく外出許可を出したもんだな、トム。」
「ああ…何だか耳元でうるさかったから、強制終了させちゃいました。」
「…それは後が楽しみな話だな。」
「その、どうしても副長と話したくて。入れてくれますよね?」
「仕方ないな。歩けるのか?」
副長に肩を支えられ、何とかソファーまで辿り着いたパリスは、腰を下ろしてほっと息をつく。
「まだ眩暈がするのか?」
無意識に額に手を当てた動作を見抜かれ、パリスは肩を竦めた。
「立ったり座ったり、動いた時にちょっとね。話すぐらいは大丈夫ですよ。」
「ならいいが…。それで、昨夜の一件を話しに来たのか?」
副長に促されながらもパリスはしばし、膝の上で組んだ自分の両掌を見つめている。チャコティはダイニングコーナーから椅子を引っ張って来ると、パリスの目の前に置いて腰を下ろした。

「…今日医療室で目覚めた時、俺ってばスタン・ビームじゃなければよかったのに、なんて思っちゃって…。」
「まさかトム、自殺を考えたのか?」
「いや…チャコティ、そこまで思い詰めてるわけじゃない。でも…自分の間抜けさ加減を思い知らされてる人間にとっては、マキのクルーに囲まれたこの環境は針のムシロと言うか、プレッシャーがでか過ぎるんだよ…。」
「元マキだ、誤解するな。今ではほとんどのクルーが、艦隊士官としての階級と任務を与えられている。」
「そりゃそうですけど。それに…俺としては裏切ったつもりじゃなくても、連中が俺を疑う理由も憎む気持ちも、理解出来たりするもんで…。」
「…このさい自分なんぞ消えた方が、クルーの融和のためになるんじゃないか…ってとこか、トム?」
パリスはゆっくりと目を閉じて頷いた。
「なるほど、自分の間抜けさ加減に気付いてるのはいいことだな。だがお前は、もっと肝心なことを分かってないぞ。」
パリスが閉じていた目を見開いて尋ねる。
「もっと肝心なこと?」
「お前が自分を間抜けだと思うのは勝手だが、人は好きになるんだ、そんなお前でもな。言ってる意味が分かるか?」
「…ハリーのことですよね? あいつは経験が足りないから、人を疑うってことを知らないだけです。」
チャコティ副長は鷹揚に笑顔を返してみせた。
「ハリーが純真だってことは俺も認める。だがだからこそ、人の本質を見抜く力があるんだ。言っとくが経験とは関係ないぞ。
そのハリーが楽しそうにお前とつるんでるのはどういう訳だか、ちゃんと考えたことがあるか?」
「まさか副長は、ハリーが俺の本質を見極めた上で友達になったと…?」
「そう言ったつもりだが。」
「…で、俺の本質って?」
「そら見ろ、何も分かっちゃいない。
もっとも自分の本質なんて、本人には見えにくいのが普通なんだろうがな…。」
そう言ったチャコティ副長の瞳の奥に、蛍火のような暖かな光が宿っているのを見付けたパリスは慌てて立ち上がり、眩暈の残る頭を抱えフラフラと部屋を出ようとした。
「逃げるなパリス!」
ピタッと動きを止め、固まってしまたパリスに向けてチャコティが畳みかける。
「ハリーだけじゃないぞ。上官としてのお前を尊敬し始めてるクルーは他にもいる。ベイタードやアラヤ、恐らくディラニー姉妹もな。」
疲れ切って床にへたり込んでしまったパリスが、長い息を吐いていた。
「…どうして俺なんか。」
「医療室へ戻ったら、今晩はそこをよく考えるんだ。これは命令だぞ中尉。
マキの連中のことは心配いらん。バーネットは3ヶ月の拘束室入りと精神疾患のメデイカル・チェックが決定済みだし、もう誰にもお前に危害を加えるようなマネはさせないつもりだ。」
「その前にドクターへの言い訳を考えてほしいんですけどねぇ。」
「それはお前の個人的問題だろ? 俺を巻き込まないでほしいね。
コンピュータ、パリス中尉を医療室へ緊急転送!」
驚いて大口を開けた表情のまま転送光線に包まれ、消えていくパリス中尉の姿を、チャコティ副長が心底楽しそうな表情で見つめていた。

‐終わり‐

あとがき

久々にホノボノ系を目指したつもりが、とんでもないオープニングで…(^^ゞ。
一応、第2シーズン末期から第3シーズン前半あたりを想定して書きました。
それと、この作品も2010年8月発行の同人誌に先行で掲載してます。掲載後3ヶ月以上経過したってことでアップしました。
さて、#1,2話でお互いをクルーとして認め合うところまでは行ったトムとチャコ。
その後どうやって仲間と呼べるまでに親しくなっていったのか、今回はそんなきっかけの一つを妄想してみました。
どんなもんでしょうか~?( ̄▽ ̄)ゞ
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