ASTRO TWIN (前篇)

「君がトム・パリスか。ひょっとして生き別れの兄弟がいたりしないか?」
マキのリーダーがそう言って目を細めたので、入隊の挨拶に訪れただけのパリスは戸惑った。
「いいえ、僕は末っ子長男で…姉ならいますが。でも、なぜですか?」
「そのうち分かるさ。」
そう言って意味ありげに笑い、笑窪を見せ付けるリーダーに一礼すると、パリスはその場を辞して、自分にあてがわれた廊下の突き当たりの部屋に戻った。
ここはアリゾナの砂漠地帯。反体制組織マキのアジトと化した古い宿泊施設だ。部屋に戻るとパリスはまずシャワーを使い、ゆったりした服に着替えるとベッドの奥の小さな窓の傍に椅子を寄せて座り込んだ。疲れ切っていてしばらくは動きたくなかったのだ。
窓の外に広がる無数の茶色っぽい砂丘の連なりを眺めていると、ここ数日の慌しさが現実でなかったように感じられる…。

カルデイック・プライムでの一件で艦隊を追い出されたトム・パリスが、マルセイユの酒場でクサっていたのはほんの一昨日のことだ。
そこへ目つきの鋭い男が話しかけて来て、さしあたってすることがないならマキに入れと誘われた。当然断わったつもりのパリスだが、気が付くとパリのグランドセントラル駅から、アメリカ大陸直通の大陸間横断列車に乗せられていた。
一昼夜走り続ける列車の中で、ジャックと名乗るその男の話し相手になるしかなかったパリスは、彼が自分を調べ上げ、その上でチャンスをうかがって声をかけた事実を知ることになる。
「お前の腕ならすぐに、実入りのいい仕事を選べるようになるさ。」
男は言った。
「それに俺たちのリーダ、チャコティという男は面倒見がいいことで知られてる。彼も艦隊にいたことがあるから、きっと良くしてもらえるはずだ。」
口約束は破られるためにあると、経験から学んでいたパリスは話半分にしか聞いていなかったが、それでも行くあてがあるのはいいことだと思い始めた。あのまま酒場で飲み続けたって、どうしようもなかったもんな…。
そして今。
果てしなく続く砂丘を眺めるうちに、粟立っていた自分の心がゆっくりと平らに均されてゆくのを実感している。いつの間にか夕刻が近付いたようで、茜色に輝き始めた砂丘が美しかった。
風景には力がある。
パリスははっと顔を上げ、そんなことまで考え始めた自分に苦笑する。その時、ドアにノックの音がした。
「開いてるよ!」
「すみません。夕食の時間なのでロビー奥の食堂までどうぞ、ミスター・パリス。」


そんなパリスに、マキとして最初の任務が与えられたのはそれから3日後のことだった。

チャコティからの呼び出しで彼のオフィスを訪ねたパリスは、こちらを振り返った先客の顔を見て凍り付いた。
見れば先客の方も同様で、振り返った姿勢のまま固まっている。
「ええと…。どうやら君たちは自己紹介がまだだったみたいだな。これから仕事上のパートナーになってもらう都合もあるし、今ここでお互い名乗り合っちゃどうだ?」
「…そうですね…。」
チャコテイの声に先客の男がまず反応し、身体ごとパリスに向き直って微笑んだ。
「ニック・ロカルノです。パリス先輩でしょう? アカデミー時代の武勇伝は有名ですよ。ただここまで自分にソックリな方とは、想像もしませんでしたけど…。」
「武勇伝って…うわっ、君も艦隊出身なのか! 会ったことがないが、どこに配属されてたんだ?」
答えにしばしの間があった。
「実は俺…卒業の年に自主退学したんです。自分が原因の死亡事故を起こして、そうするしかなかったもので…。」
今度はパリスが沈黙する番だった。驚きで言葉が出て来ない。
「…どうやら俺たち、似てるのは見た目だけじゃないみたいだな。」
それだけ言って右手を差し出すと、ロカルノも力強く握り返して来た。
「…さて、そろそろ仕事の話を始めてもいいかな? 2人とも。」
辛抱強く沈黙を守っていたチャコティの声に、2人は同時にそちらに向き直った。


チャコティから「出発は2日後」だと申し渡されたパリスとロカルノは、格納庫で準備に余念がない。
用意された最新型の貨物船を、一世代古く見せるために半日かけて改造し、外装のあちこちに傷や汚れの“化粧”を施した。
「全く、こんな小さな貨物船でタイクン3号星まで行く羽目になるとはね。」
作業終了の合図にロカルノに向かって手を振り、パリスは貨物船の外壁にもたれかかった。
天井部分の外装をいじっていたロカルノも、作業用の足場を伝ってパリスの隣にするりと飛び降りる。
「非武装地帯とは言え、カーデシア領が目と鼻の先だからな。チャコテイは俺たちの腕と度胸を試そうって腹なのさ。…どうしたトム、自信ないのか?」
彼の話を聞きながら深々と溜め息をついてしまったパリスの顔を、横からロカルノが覗き込む。
「ビビって悪いクセが出なきゃいいんだけどね…。」
「一人じゃないから大丈夫だって。」
「そうだなニック。」
パリスがどうにか微笑むと、ロカルノも笑顔を返してくる。そしてふと視線をはずし、
「あんた提督の息子だって?」
と尋ねてみたが、明らかにこの質問はパリスにとって鬼門だったようだ。
「そうだったらまずいことでもあるのかよ?」
「トム、悪かった。そういう意味で聞いたんじゃないんだ。プレッシャーで大変だったんじゃないかと思ってさ…。」
パリスの剣幕に気圧されながらの返答だったが彼は納得してくれたらしい。その表情がいくぶん和らいだ。
「ふん、息子本人は気にもしてないつもりだったんだけど…結局まわりが放っといてくれなかった。事あるごとにさすが提督の息子だとか、サラブレッドだとか…俺は馬じゃないってのに。まぁしかし、今となっては艦隊で父親が何を言われてるかと思うと、気の毒な気がしないでもないけど…。」
「ハハ…。何となく想像つくな。」
「ところでニック、君はどうして艦隊アカデミーに?」
ニック・ロカルノはゆっくりと目を閉じた。
「…ただ飛びたかったんだ。ホントは成績もノヴァチームもどうでもよかった。艦隊に入れば一番速い船を飛ばせると思ってたんだ。今はマキでも同じようなことが出来ると分かってきたけどね。」
「じゃあ、現状にはけっこう満足してるんだ?」
「そうでもないよ、トム。俺にはベイジョー人の恋人がいた。彼女もマキの一員だったが、先月バッドランドでカーデシアに殺されたんだ…。」
「…すまん。俺ってば変なこと言って…。」
「いいんだ。あんたの言う通り、飛ばせるって部分ではある程度満足してるんだから。ただ…俺の人生の肝心な部分が、彼女と一緒に終わっちまったような気がして…何事にも盛り上がれなくなっちまっただけさ。」
「…分かるよニック。俺の場合は、死別じゃないけどね…。」
「なぁトム。西洋占星術…星占いって信じるか?」
「さぁ…聞いた事はあるけど、どんなもんかよく知らなくて。」
「俺もそうだったけど、カノジョが一時期凝ってたんだ。ほら、ベイジョー人てのは預言者を信じるくらいだから迷信深いみたいでさ。」
「へ~え。それでその星占いで、気になることでも?」
「ああ。俺たちって、外見が似てるだけじゃなかっただろ? あんたの経歴を調べてて、その理由が分かった。俺たち誕生日も7月14日で同じだったんだよ。西洋占星術じゃアストロツインって言って、同じ運命を分け合う双子のことなんだ。」
パリスは開いた口がふさがらず、自分と瓜2つのロカルノの顔を穴の開くほど見つめてしまった。
「…てことは俺たち、出会うべくして出会ったってことなのか、ニック?」
ニック・ロカルノはただ、肩をすくめただけだった。