ヴァイオレット 最終話

 作戦室で2度目のチャイムが鳴った時、艦長はベラナと共に、端末でクリスタルの分析結果を確認中だった。
返事も待たずに扉が開き、パリスが飛び込んで来て安堵の表情を見せる。
「良かったベラナ、ここに居たのか。あ、艦長済みません。聞いてくれよベラナ! チャコティに、僕のお宝持って行かれちゃったんだよ!」
「お宝ってもしかして、あのクリスタル?」
そう尋ねながらも、トレスは彼の瞳を覗き込んで確認せずにはいられない。この傍若無人な態度は、見慣れたものではあったが…。
「決まってるだろ! せっかくあれのお陰で、皆とうまく行くようになったと思ってたのに…。」
途方に暮れてトレスを見つめるその瞳は鮮やかな、晴れた日の海の色…。
「トム、良かった!」
突然きつく抱きしめられたので、息が継げなくなったパリスは咳込んだ。ベラナの肩越しに艦長と目が会うと、彼女はゆっくりと立ち上がるところだ。
「…とにかく2人とも。今夜はもう遅すぎるわ。クリスタルのことについては、明日皆に話します。いいわね?」
まだパリスに抱きついたままだった機関主任は、慌てて身体を離し、きまり悪そうにもじもじしている。パリスは艦長に頷くと、トレスを促して出て行った。


ジェインウエイ艦長が自室に引き上げたのは明け方近い時刻だったが、2、3時間なら何とか眠ることが出来そうだった。明かりもつけず、寝室に直行する。
ところが居間を通り抜けた瞬間、人の気配を感じて彼女は凍りついた。
「誰なの? 出て来なさい!」
すると寝室奥の暗がりから、穏やかな紫色の輝きを抱いた大柄な男が姿を現す。
「やあ、キャスリン。」
「チャコティ! 脅かさないでよ。こんなところで何してるの?」
「もちろん、あなたを待っていたんだ。今日はことのほか忙しかったみたいだが。」
艦長が自分でなく、抱えているクリスタルから目が離せずにいることを悟った副長は満足そうに微笑み、彼女に一歩近付いた。
「…美しいだろう? トムの奴、ベラナのために持ち帰ったはずが、手放せなくなったらしい。お陰でとんだ一騒動だ。」
「ほんとね。でも幸いトムの方は、クリスタルの影響からは自由になれたようだけど…。」
「だろうな。この結晶の放射線は微弱過ぎる。直接触れでもしない限り、ほとんど影響を受けずに済むようだ。」
「なるほど。それで今は、副長がその影響下にあるというわけね。実はさっき、ベラナと当のクリスタルの分析結果を確認してたところだったのよ。その放射線に影響されると…。」
「…我々は本当の自分を隠せなくなる。」
「そのようね。」
そう言って小さく笑った艦長は、副長の問いかけるような視線に出会って、思わず彼の肩に手を置いた。
「全く、トムの変わりようったら。」
「あいつはいつだって、皆の役に立ちたいんですよ。」
「気付いてたわ。出会ったその日からね。それであなたは? 本当は何を望んでいるのかしら…?」
ジェインウェイも副長との距離を一歩詰め、彼が胸に抱えているクリスタルに身体が触れた。見上げると、穏やかで透き通るような、紫の瞳が見返している。
「なんて美しいのかしら。」
吐息とともに呟いて、ジェインウェイは副長の頬に口づけた。するとそれに応えるように、副長の手が彼女の頬に触れ、次の一瞬で2人は唇を重ね合う。
今やぴったりと寄せられた2人の身体の真ん中で、紫の光が輝きを強め、静かに明滅を繰り返していた。


翌朝9:00。
ヴォイジャーの会議室ではジェインウェイが、第5惑星から持ち帰った全てのクリスタルを放射線を遮断する容器に入れてセキュリティ・コードをかけ、医療ラボでドクターの管理の下に保管することに決定したと、上級士官に説明していた。
ほとんどの者が安堵の表情で耳を傾けたが、一人パリスだけは、恥ずかしそうに俯いたまま顔を上げようとしない。
一通りの説明を終えた艦長は、隣に座る副長に目配せすると再び口を開いた。
「…ところでトム。あなたがそうして欲しいなら、今回あなたに起こった変化をなかったことにすることは出来ると思う。ただ言っておくけど、ストレートにありがとうや済みません、愛してる、って言うことは、決してカッコ悪いことではないと思うわ。」
パリスは驚いて顔を上げ、呆けたように艦長を見つめたが、隣の副長と目が合うと、口の端にいつもの不敵な笑みが戻った。
悪戯っぽいその瞳は、2人の上官にこう告げている。
“ゆうべお2人の間に何があったか、絶対誰にも言いません。今回は一つ、貸しですよ…。”

‐終わり‐

あとがき

※初めて他のカップリング(J/C)も盛り込んでみました。
こういうホノボノ系(?)がもっと書ければいいんですが、案外難しかったりするんですよね…。(;・∀・)
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