魔法のホログラム 最終話

 一分後、何種類かのケーブルを手にしたドクターが再び第2ホロデッキに実体化し、床に近いところにある壁面パネルを開いて、デッキにエネルギーを供給しているコンバーターを露出させた。
そして、何本かのケーブルを手際よくセットし、もう一方の端を赤黒い毛束の適当な場所に押し付けてみる。
即座に反応が現れた。毛束がいっせいにびくんと痙攣し、ケーブルからのエネルギーを貪り始めたようだ。ほどなく、パリスの身体にまつわりついていた毛束も次々に離れ、いくつかあるケーブルの端に取り付いていく。
全ての毛束がパリスから離れるまで、辛抱強く待っていたドクターは、脱兎のごとく駆けつけると中尉の首筋にハイポを当てる。数秒待ってスキャンしてみたが、結果を見るまでもなく、途切れがちだった呼吸音が安定し、土気色の頬にも赤みが戻り始めていた。
回復しつつあるパリスとは対称的に、ヴォイジャーからのエネルギーを貪っていた生命体の方は、赤みの残っていた毛束も完全に黒く変色し始め、毛束のかたまりの中心にある黄色い2つの光が激しい点滅を繰り返すようになった。
「どうやら宇宙艦の推進エネルギーは、生体エネルギーとは勝手が違ったようだな。」
ドクターがしてやったりと、パリスに違う種類の薬を圧入しながら一人ごちる。
やがて、ホロデッキを覆い尽くすように拡がっていた毛束がまとまり、元のホロ・キャラクターの姿を取り戻そうとしているようだったが、あまり成功したとは言えない。見事な赤毛とコバルトブルーの瞳で、かろうじて彼女だと識別出来る程度だ。
「…トム…。」
ラミアーが呟くと、パリスが突然意識を回復した。
「ラミアー、どこにいるんだ?」
「用心しろ中尉、彼女はホロ・キャラクターじゃなかったんだ。」
パリスはドクターの忠告も耳に入らない様子で身を起こし、彼女の傍へ行こうとする。
「待ちたまえ中尉、君は死にかけたんだぞ!」
慌てて手を差し伸べたドクターが膝から崩れ落ちたパリスの身体を支え、彼はどうにか、派手に引っくり返らずに済んだ。
かつてラミアーだった物体は、ホロ・キャラクターの姿に戻ることに失敗すると徐々に収縮し、最後にテニスボールほどの大きさに縮んでしまうと、弾けるように四散した。
それと同時に、ドクターの腕の中のパリス中尉が、再び意識を失った。


トム・パリスは夢を見ていた。
見慣れぬ惑星の広い草原の真ん中に座り、薄紫色の空を見上げているのだ。
隣には、“ラミアー”と名乗る赤毛の少女がいた。
「私たち、もっと違う形で出会えればよかったね。」
大空に目を向けたまま、少女が呟いた。パリスはそんな彼女の横顔にちらりと目をやり、空に目を戻す。
「ファースト・コンタクトをやり直せばいいんじゃないか?」
「そう思ってくれる?」
「もちろん!」
「あのね。ヴォイジャーは必ず地球に帰れるし、あなたはお父さんに、きっと認めてもらえる日が来るから、トム。」
「どうしてそんなことまで知ってるんだ?」
「だって話してくれたじゃない、あの店で…。」
「…そうだったな、ラミアー。」
2人はしばらく、草原を渡る風に吹かれていたが、唐突にラミアーが立ち上がった。
「もう行かなくちゃ。」
「行くって、どこへ?」
パリスが驚いてたずねる。
「とりあえず故郷に帰るわ。あなたたちのこと、皆に話してみる。」
「…また、会えるよな?」
「たぶん、あなたが覚えててくれれば。」
「忘れっこないさ。」
少女が消えた空には、一筋の飛行機雲が残された。

目が覚めるとドクターの顔があり、もう少し寝ていればよかったとパリスは後悔した。
だがその後ろに艦長の心配そうな顔もあり、さらにその隣にハリーとトゥボックの姿を認めると、彼は最初の考えを撤回した。
「済みませんでした艦長。もう回復したので任務に復帰しま…うわっ!」
言いながら身を起こしかけたパリスは、ドクターに乱暴にベッドに押し戻された。
「意識が戻ったというだけだ中尉、回復には程遠い。少なくとも後もう2日は安静が必要です、艦長。」
「そんなに? もう気分はいいのに、ドクター。」
「つい昨日自分が死にかけたことも忘れるとは、君ものん気な男だ。何なら1日に負けてやってもいいが、ここへ逆戻りする羽目になるぞ。」
「2日よ、トム。」
艦長のツルの一声に勝てる者はいない。パリスも大人しく頷いた。
「それに今回は、ドクターがいなかったらあなたは助かってなかったはずよ。よくお礼を言っておいた方がいいわ。」
「あれっ、そうだったんですか?艦長。」
パリスが決まり悪そうにドクターの顔を見た。
「まさか、私の活躍を何も覚えてないなんて言わないよな、中尉?」
「悪いけどドクター、全然。」
「全然、何だね?」
「“全然”とは、通常否定形の前に置かれる副詞です。中尉が故意に誤って使っていなければ、意味は明白でしょう。」
「トゥボック、どうも。」
中尉の慇懃さにも、ヴァルカン人は方眉を上げただけだ。
「覚えてないと言うのか? あれほど苦労した任務はなかったのに…。」
「だって、ほとんど意識を失ってたんだ、仕方ないだろ?」
「とにかく、“ラミアー”の正体が何だったのかも含めて、トゥボックやドクターの報告は聞いたけど、後であなたからも聞かせてもらうから、そのつもりでね。」
艦長が話題を変えてくれたので、パリスはほっとして応じた。
「彼女は知的生命体で…悪意はありませんでした。」
「そうらしいわね。でも今は休んでちょうだい、トム。」
「了解、艦長。」
部下の返事を聞くと、ジェインウェイはブリッジに戻るため、医療室を出て行った。それに続いてドクターも、研究の続きがあると言ってラボに消える。医療室には3人だけが残された。
「彼女…ラミアーはどうやら、僕の下意識から入り込んだみたいなんだ。例のホロ・プログラムを造ってた最中に、何度か朦朧としたことがあったもんでね。疲れのせいだと思ってたんだけど…。ヴァルカン人はエムパスだろう? 何か感じなかったかトゥボック?」
「残念ながら私は中尉のプログラムを体験しなかったから、何も感じられなかった。思うに、君はもっと用心するべきだったな中尉。私なら、ラミアーという名を聞いただけで警戒していただろう。」
「俺が愛してるのは20世紀のアメリカ文化だ。ギリシャ神話なんて、よく知らないんだよ。」
「保安主任として忠告するが、彼女の関わったプログラムは、当面起動出来ないようにした方がいいだろうな。」
「…そうするよトゥボック。それに、ハリーと助けに来てくれて感謝してる。あんたには借りっ放しな気がするけど…。」
「私は艦長の命令に従って通常の任務を果たしただけだから、君がそのように感じる必要はない。そろそろ私も、ブリッジに戻るとしよう。ゆっくり休みたまえ、中尉。」
トウボックのきびきびと歩む姿が扉の向こうに消えてしまうと、キムがパリスのベッドの縁に腰掛けた。
「あの店で、彼女とどんなことを話してたんだい、トム?」
「細かいことまでは覚えてないんだ、実は。だけど彼女、ファーストコンタクトをやり直したいみたいだったな…。」
「トゥボックじゃないけど、用心した方がいいよ、トム。それが連中の“手”かも知れないじゃないか。」
「そうは思えなかった。俺たちどこかで、また出会うのかもな…。」
「殺されかけた相手とまた会いたいなんて、僕には理解出来ないけどなぁ…。」
「いつか分かるさ、ハリー。」
そう言って、パリス中尉はゆっくりと目を閉じた。
ハリー・キムは友人の穏やかな寝顔をしばらく眺めていたが、自分も任務に戻るため、医療室を後にした。

‐終わり‐

あとがき

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