Angels Unaware (後編)

「…もう一つ、聞いてもいいかな、エンジェル?」
飲み終えたカップを男の子に手渡しながらパリスが尋ねる。エンジェルと呼ばれた男の子は、驚いてカップを取り落としそうになった。
「何だよ、エンジェルって?」
「だって、名前がないとやりにくいんだよ。そう迷惑そうな顔すんなって!」
「それは分かったけど、エンジェルはないだろ? ボク、最終兵器なんだぜ。」
パリス中尉は拗ねたように頬を膨らませると、向こうを向いてしまった。
「だって仕方ないだろ、お前ってばハリーによく似てんだもん。」
「ハリー…キム少尉?」
「そう! 俺の守護天使気取りのキム少尉。だからお前もエンジェル!」
男の子は小さく溜め息をつき、カップをリサイクラーに放り込む。
「ま、トムがそう決めたんじゃしょうがないや。それで聞きたいことって?」
「この場所のことさ。シャトルから引っ張り出してくれたそうだけど、そのシャトルからスキャンしたとこでは、下の惑星に人工の建造物の反応はなかったはずだし…。」
エンジェルと呼ばれることになった男の子の瞳が、不思議な輝きを帯び始める。
「…どこでもないよ。」
「それってどういう…?」
「言ったろ? この胸に特異点抱えてんだ。時空間を歪めるなんて、ボクにはお手のものだからさ。ここは時空のエアポケットみたいなところだよ。」
パリス中尉はゆっくりと首をまわし、窓の外の木々の緑を眺めた。
「…どこでもない場所、ネヴァーランドってわけか。君の名前、ピーター・パンにした方がよかったかもなぁ。」
エンジェルが、そんなパリスの横顔を見上げながら尋ねる。
「ねぇトム、何でボクを怖がらないの?」
パリスは微笑んで、エンジェルの頭に手を置いた。
「ちゃーんと怖がってるさ。だけど、好きで最終兵器に生まれる奴もいないだろ? それに俺だってついこの間まで、ずっと蔑まれるような視線に耐えなきゃならなかったから、君の気持ちも分かる気がするんだよ。」
「…ごめんねトム、ボク…。」
パリスはエンジェルの髪をクシャクシャとかき回す。
「よせってコラ、命の恩人に謝られちゃ立場ないだろが。
…君がその力でこの空間に引っ張りこんでくれてなきゃ、俺はとっくにシャトルの墜落で死んでた筈なんだ。そうなんだろ?」
エンジェルは答えない。かまわずにパリスは続けた。
「…だからこの先の余生をこの場所で過ごせるとしたら、俺はそれで満足。感謝しきれないほどだよエンジェル。」
「…トム。」
しばしの沈黙の後、エンジェルが小さな声で話し出す。
「ヴォイジャーに戻る方法ならボク、知ってる。」
突然、パリスの表情が険しくなった。
「ダメだ! 俺は戻りたいなんて、言ってないからなエンジェル!」
エンジェルが肩を竦める。
「まだどんな方法か、話してないよ?」
パリスは天井を見上げた。
「引っ張り込んだ時ほど簡単じゃないことぐらい、俺にだって分かるさ。俺の消えた瞬間の時空に戻らなきゃならないから、先ずこっちの空間を同調させる必要があるんだろ? その莫大なエネルギーを得るためには、最終兵器としての君を稼動させるしかないはずだ。俺一人のために宇宙を一つ滅ぼすなんて、いくら何でもヤバすぎるよ。だからもう…。」
エンジェルの顔に、またあの謎めいた笑みが広がっている。
「…悪いけど、トムをあの瞬間にそのまま戻して墜落させようなんて、考えてないよボク。それに…誤動作による爆発を防ぐ機能もちゃんとある。爆発のエネルギーを、全てボクの特異点で吸収できるんだ。」
「…だけど君は? そんなことになったら君の身体…事象の地平線が崩壊して、消滅しちまうんじゃ…?」
「トム、仕方ないんだよ。」
エンジェルの声はどこまでも、穏やかだ。
「…まさかエンジェル、最初からそのつもりで俺を助けたのか? …どうして…。」
「理由は簡単。ボクがこの世に在ることは大きな間違いだって、生まれて三日目には気付いてた。でもどうしたらいいのか分からなくて、そんな時見付けたのがヴォイジャーの記録映像だったんだ。
故郷から切り離されて、でもみんながお互いを思いやりながら任務を果たしてた。トムだって、元ボーグの女の人のことも怖がってなかっただろ? だから話してみたくなって…。でもまさか、友だちみたいに話してくれると思わなかったけど…。」
パリス中尉は底なし沼のようなエンジェルの瞳を真っ直ぐに見つめて聞いていた。
「みたいじゃなくて、もう友だちだろ? エンジェル頼むから、答えを急がないでくれよ! 今頃はきっとヴォイジャーがここを発見して、艦長やトゥボックがきっと何かいい方法を…」
「無理だよトム。彼らにここは発見できない。それに…。」
突然始まったうなり木のような音に、パリスは面食らってわめく。
「…何だよこの音…エンジェル、まさか…!」
慌てて自分から離れようとするエンジェルを追って、身を起こしかけたパリスは激しい眩暈に襲われ、そのままくずおれる。驚いたエンジェルがまた近寄って来たところを、両手を拡げて抱きしめた。

「エンジェル、死ぬな…ッ!」
「トム、ありがとう。大好きだよ…。」

その瞬間、エンジェルの心臓部にある破壊のために生まれた力が、劇的な変容を遂げた。
パリス中尉が覚えているのは、まぶしいほどの輝きとなって消えてゆく小さなエンジェルと、その瞳に浮かんでいた涙の雫だけ。


名も知らぬ惑星の地表に頭から突っ込んで大破しているシャトル・コクレインから、数メートル離れた場所に倒れていたパリス中尉を最初に見付けたのはトゥボックだった。
スキャン結果を2度、確認したあと片眉を上げ、一緒に上陸したキム少尉を呼ぶ。やって来た少尉も、自分のトリコーダーの数値が信じられない様子だ。
「どうやらパリス中尉は、信じられないレベルの強運の持ち主らしい。」
「あれ、トゥボック知らないの? 強力な守護天使がついてることが、天才パイロットの条件でもあるんだよ。」
『ジェインウェイから上陸班、状況を報告して。』
「シャトルを発見。大破していますが中尉は無事です。もちろん、重傷を負ってはいますが。キム少尉が言うには守護天使が彼を守ったと…。」
空電音と共に届いた艦長の声にトゥボックが応じ、キム少尉は何とかパリスの意識を取り戻そうと彼のそばにかがみ込んでいる。
『受け入れ難い話かしら?』
「いいえ艦長。今回ばかりはあながち迷信とは片付けられないようだ。中尉の身体から、微量のクロノトン粒子が検出されています。」
『…クロノトン?』
「どうやら中尉は、クラッシュ直前何者かに別の時間軸に引っ張り出され、安全な場所に戻されたものらしい。正体が何であれ、このような存在をあなた方は“守護天使”と呼ぶのでしょう。」
『…その通りよトゥボック。転送に備えて!』


ブリッジで転送の指令を終えた艦長は、ほっとして傍らの副長を振り返る。
「今夜のクリスマス・パーティーが中止にならなくてよかったわ。もっとも、一番楽しみにしてたトムが出られそうもなくて気の毒だけど。」
「奴だって今回ばかりは文句は言いませんよ。最高のクリスマス・プレゼントをもらったようなものですからね。」
副長の言葉に笑顔で頷いた艦長は、中尉の様子を見に医療室に向かうためその場を離れ、ターボリフトに乗り込んだ。

‐終わり‐

あとがき

今ごろクリスマスっぽいフィクを上げる奴って…(・∀・;))。
…という感じでスンマセン。実はこのフィク新作でもなく、09年1月発行の同人誌上に載せたもの。
サイトアップの予定は当初なかったのですが、あまりにも小説が止まってるのと、掲載後1年以上が経過したためアップすることにしました。
一見ハッピーエンドですが、実は暗い内容だったりするので、厳密にはクリスマス向きではないかも知れませんが…(^_^;)。
ご感想は右メニュー'Contact'よりお気軽に♪