Warp Light -虹の航跡- (第8話)

「何だって、店をやめる?」
マネージャーのフランキー氏が大きな目ん玉をぐりぐり回しながら叫んだ。
閉店後の人気のなくなった厨房で、出来上がった料理を並べるための低いカウンターをはさんで、3人が向かい合っている。
「…そんなに驚かなくても。最初から、いつまで出来るか分からないって言ってたじゃないですか。」
「実は急に予定が変わっちゃって。こんなに早くシャトルが見つかるとは思ってなかったもんで。」
キムとパリスが代わる代わる言い訳を述べ立てるが、フランキー氏は勢いよく、首を左右に振り続ける。束ねた長い黒髪が肩の辺りでぶんぶん飛び跳ねていた。
「だからって、イキナリ今日限りってことはないんじゃないか? せめて向こう3ケ月くらいは居てくれないと、こっちも困るんだよねぇ…。」
「大袈裟ですねえ、ウェイターの代わりなんて、いくらでも見つかりますよ。」
「そりゃムリだ、君たちじゃないと困る事情があるんだよ。せっかく上向いてきた売り上げが、また元に戻っちまう…。」
「へ~え、俺たちそんなに売り上げに貢献してたとはねぇ。それにしちゃ…。」
パリスがいかにもさりげない様子で両手を頭の後ろに持って行き、そのまま伸びをするように天井を見上げたが、すぐに視線をマネージャーに戻して呟いた。パリスに睨まれ、フランキー氏は首をすくめて、
「もちろん来月から、君たちの時給もアップするつもりだったさ!」
と慌てて付け加える。
「だけどどうして、僕らがそんな人気者に?」
「ミディの一件が噂になって、ハーナスじゅうに広まってるって話さ。君たち2人が身体を張って、あのハンク・ディアボロからいたいけな少女を守り切ったってな。」
「どーりで最近、やたらと記念撮影を求められるわけだ。」
「だから頼むよ、せめて来月いっぱいまででも、このまま働いててくれないかなぁ。」
「でも、さっきは3ヶ月って言ってたけど?」
キムの指摘に、フランキー氏は参った、というように右手を頭のてっぺんに持っていった。
「いやぁ、実は来月あたり、抜き打ちでオーナーの視察が入るんじゃないかってもっぱらの噂でねぇ。君たちに会うのが主な目的なんじゃないかと思うんだ。雇われマネージャーとしては、色々苦労があるわけなんだよ。」
パリスとキムは、思わず顔を見合わせる。
「そっちの事情は分かったけど、俺たちだって一日も早く元の世界に戻りたいんだ。いつ現れるか分からないあんたのボスを待ってるわけにも…。」
「そりゃこっちだって分かってるさ。だから残ってくれるなら、これまでみたいに連日出ろとは言わないよ。週3日とか、それでも無理なら金曜の夜一晩だけでもかまわないんだ。ボスの日程はこっちで何とか調整してみるからさ。」
料理の何ものっていないカウンターに両手をついて思案顔のキムにパリスが補足する。
「一見よさそうな話だけどさハリー。ウェイターのギャラで週イチじゃ、ロイズさんたちに恩返しするどころの話じゃなくなるぞ。」
「ギ、ギャラを2倍払うよ! それならいいだろ?」
「ちょっと待って。もっといい方法を思いついたんだけど。ヴォーカルとピアニストのコンビなら、ウェイターよりずっといいギャラもらえますよね?」
ハリー・キムが自身の思いつきに目を輝かせ、パリスとフランキー氏の顔を交互に見つめて同意を待った。
「何だって? 君たち、何か演奏出来るのか?」
最初に反応したのはフランキー氏で、パリスはキムの傍らでカウンターに尻を乗せたまま、無言で天井を見つめている。
「そりゃお前は、有名なオーケストラに居たくらいだからピアノなんか軽いんだろうけど。こっちは楽器なんて、ロクに触ったこともないんだぜ?」
「楽器は出来なくたって、僕のピアノをバックに歌うぐらいは軽いんじゃないの、トム?」
「おい、ちょっと待てよハリー! ヴォーカルって俺のことか?」
「他に誰もいないだろ? なぁトム、ちょっとぐらいマネージャーに協力したってバチは当たらないよ。何たって無銭飲食した僕らを、警察じゃなくてアレンさんたちに預けてくれた人なんだから。」
それを言われるとパリスも反論出来ず、黙り込んでしまう。そこをフランキー氏に畳み込まれた。
「そうと決まりゃ、早速音合わせだな! 明日の昼にでも店に来てくれないか? ピアノの用意をしておくよ。」
パッと見丸っこい体型のフランキー氏が、ゴムマリのように弾んで視界から消えてしまうと、得意満面なキムの笑顔を今にも食いつかんばかりの勢いで、パリスが睨み付けていた。

その週末、“ロストボーイズ”という名のヴォーカルとピアノのコンビがラウンジバーで初めてのライヴを行い、酔客たちに好意的に迎えられることになる。
ハリー・キムのソフトタッチのピアノと、トム・パリスの包み込むような歌声がその場の雰囲気に見事に溶け込んでいたのだ。
最初の音合わせの日以来、リハーサルと言うと逃げ回っていたパリスだったが、本番数日前になってキムから選曲を任されるとようやく観念し、ご執心の20世紀後半の米国ヒットチャートの中から、スタンダードといわれる数曲を歌ってみることに同意した。
そしてもちろん、“ロストボーイズ”の結成を誰より喜んだのがミディ・キャルだ。金曜に店に出れば、彼らのステージを無料で堪能できるとあって、その日は決して休みを入れようとしなくなった。
そして、金曜以外の平日には、ロストボーイズの2人とアレンとロイズ氏を乗せたデルタフライヤーが、さきの検索でピックアップした暗黒星雲の調査に出掛ける日々が始まるが、何しろこの世界では少なくとも一世代前にあたる旧式ワープエンジンのため、3~4日かけて1つの星雲を往復するのがやっとの日程になってしまう。元の世界に戻る事情があるので下手な改造が出来ないところも始末が悪い。
ところがある日。パリスとキムの、ようやく点った希望の灯火が、吹き消されそうな事態が起きる。