Sky Blue Ocean

「君はどんな色が好きなんだ? ベラナ。」
「…そうね。薔薇ならやっぱりスカーレットだけど…」
「好きな花を聞いてるんじゃないんだが。」
「ごめん、分かってるの。だけどほら、好きな色って言っても物によって違うというか…。」
シフト明けのサンドリン。チャコティ副長に誘われ店のドアをくぐったベラナは、思わぬ人の多さに失望したが、副長に渡されたシンセ・エールを飲み干す頃には、かなり気分がよくなり始めていた。
「そりゃ誰だってそうさ、深く考えることじゃない。思いついた色を言えばいいんじゃないか?」
「それが思いつかないから困ってるんじゃない。そうね~、やっぱり赤なのかな…?」
「君にしては、やけに煮え切らない答え方だな。」
そう言いながらも副長はほほ笑み、その話題を収めてくれた。ベラナはほっとため息をつき、副長にほほ笑み返すと思い出したようにグラスを傾ける。
どんな色が好き?…いつからだろう、こんな単純な質問にさえ正直に答えられなくなってしまったのは…。


『臆病なのは悪いことじゃない。無謀な行動に出るのを抑えてくれる…』
そう言って、ただ震えているだけだった弱いもう一人の自分を受け入れてくれたトム。
その真っ直ぐな瞳は、空の色を映した海のようだった。気がつくと、あれから何度もあの瞳を思い起こしている。
クリンゴンの遺伝子を戻してもらい、元のベラナ・トレスに戻っても、それは変わらなかった。

どんな色が好きなんだ?
今日副長に尋ねられた時も、まず浮かんで来たのがあの時のトムの瞳だった。
『空を映した海の色よ。トム・パリスの瞳の中に見つけたの。』
もう少しで打ち明けてしまうところだった。何とかごまかしたつもりだが、相手はあのチャコティだ。うまく行ったものかどうか…。


翌日、艦長の呼び出しで上がったブリッジではトムもチャコテイも、いつもと変わらずベラナとは挨拶を交わした程度で、すぐに任務に戻った。
よかった、何も気付かれてはいない。今はまだ。

その日の夜もチャコティに誘われ、サンドリンを訪れると先客の中にトムがいた。彼女の姿を認めると、笑顔が輝く。ブリッジでの反応とは大違いだ。
「やぁベラナ! 来てくれたの?…何だ、副長のお相手か…。」
ベラナの後ろから大柄なチャコティが姿を見せると、とたんに笑顔がオモチャを取り上げられた子供のような仏頂面に取って変わる。所在なさそうに自分のグラスを見つめ、空っぽであることに気付くと背を向けて人いきれの中に消えた。

トムの起こした死亡事故については、艦隊中が一時大騒ぎになったからよく覚えている。
彼の瞳の中に海を見たのは、その悲しみの深さゆえだろう。もちろん普段はおちゃらけていることがほとんどだから、気付く人はそんなに多くはないだろうけど。
それにしても…とベラナは思う。
あれほどの悲しみを抱えながら、どうやってあそこまで明るく、前向きに日々を送れるまでに回復出来たのだろう? ヴォイジャーに来てからのことを考えれば、艦隊士官に戻れたことが大きいのだろうが、決してそれだけの理由ではないはずだ。
トムのあの瞳に出会って初めて、ベラナは彼のことをもっとよく知りたいと思った。自分自身をとことん否定され、世をはかなんでもおかしくない環境を、トムはともかく生き抜いて来たのだ。
私の抱えている荷物も、彼となら分かち合えるかも知れない…。

よく知るためにはまず観察ね。そのためにもある程度の距離は保たなくちゃ。今以上に近寄らない方がいい。まだ今のうちは。
いったん気持ちが動き出せば一気に流されちゃうから、そうなる前に知りたいことがまだまだあるんだもの。

ベラナがチャコティの話に生返事を返しながらそんなことを考えていると、彼女の数メートル先をトムが横切って、こちらには一瞥もくれずに店から出て行った。
親友のハリー・キムが一緒だったから、きっとラクロスだか何だか、スポーツ・プログラムでも楽しむつもりなんだろう。
答えの一つがハリー・キムの存在なのは間違いない。彼といる時のトムは、ほんとにのびのびして見えるから。
ハリーの濃い茶色の瞳の中に、チャコティと同じ暖かさを見つけたことがあるのをベラナは思い出した。お人好しは、モンゴロイド特有なのかも知れないわね。

「どうしたベラナ。トムがそんなに気になるのか?」
飛び上がりそうになったのを何とかこらえ、思い切り驚いた顔を作って振り返る。
「あなたこそどうしたのよチャコティ? 見てたのはトムじゃなくてハリーの方。ラクロスがどうのって聞こえたから、楽しそうだなあって…。」
「だったら一緒に行けばいい。」
「冗談じゃない! 明日もアルファ・シフトなのよ。寝る暇がなくなるわ。」
「あの二人は気にしてないみたいだったぞ。」
「どうせ任務の最中に居眠りして、艦長にどやされるハメになるわよ。」
チャコティが賛意のしるしに目の高さまでグラスを掲げ、一気に飲み干した。
もし彼に、さっきまで考えてたことを打ち明けたらきっとこう言われるだろう。
『奴に気持ちを知られるのが、怖いだけじゃないのか?』
…その通りかも知れないけれどかまわない、まだ今は。

『臆病なのは悪いことじゃないさ…』
…そう言ってくれる人もいるのだから。

‐終わり‐

あとがき

このFicは一応、本編第14話「二人のトレス(Face)」後日譚、ってことになってます。
だいたい1週間~1ヵ月後あたりを想定してますが、時系列それほど厳密に考えないので、変なトコあったらスンマセン(;・∀・)。
レヴューか何かで書いたと思うけど、ベラナとトムがイケそうだ、と製作サイドが判断したのがこのエピだったような気が幽人はするので、その辺補完してみようと思ったのでした。
本国アメリカでは、トムとベラナがマキ時代に既に出会ってたというプロFicが公式と認められてる(?)という事情があるようですが、そのFic自体日本では未訳だし、幽人的には本編見る限り知り合いだったとは思えないため、このサイトでは無視の方向。^_^;
その辺悪しからずご了承頂けますよう…m(。。)m