Pilgrim -上陸任務-

 今回の任務は見込み違いになりそうだわ。
ジェインウェイ艦長は心の中で舌打ちをしたが、交渉の最中だったのでもちろん表情には出していない。情況が好転する可能性はなさそうだが、せめてこれ以上悪くならないよう細心の注意を払わなければ。
隣に立つパイロットのパリス中尉も、いかにも居心地悪そうにさっきから何度も足を踏み変えている。
事の発端は希少金属ベリリウムの買い手を捜している種族がいるという、ニーリックスからの情報だった。
ニーリックスに責はない。確かに彼らタントゥール人は純度の高いベリリウムを産出するこの鉱山に案内してくれた。だがヴォイジャーから来た2人はコムバッジとトリコーダー、フェイザーの3点セットを取り上げられ、鉱石を持ち帰るための交換条件が、こちらが提供不可能なものに変更されてしまった。
彼らは突然、デルタ宙域でのヴォイジャーの予定航路の全データを要求して来た。ヴォイジャーと取り引きしたがっている種族が他にもいるからだと理由を説明されたが、ヴォイジャーは隠密行動を取っているわけではない。会いたければ彼ら自身が探せばいいことだ。
そう言ってみたがタントゥール人の代表は鼻を鳴らしただけだ。パリスを見上げると、彼も険しい表情で首を左右に振ることではっきりと反対の意思を示している。
「これまでのデータでで作った、最新の星図ならここにある。これと交換してくれるはずだったわよね? このあたりは海賊やヴィディア人がウロウロしてるっていうのに、予定航路のデータなんか渡すマヌケはいないと思うけど?」
「上層部からの急な通達なんだ。我々は従うしかないんだよ艦長。予定航路のデータがないなら、こちらもベリリウムは渡せない。」
今にも飛びかからんばかりに身構える若い中尉を片手で制し、ジェインウェイは星図データの入ったパッドをウェストポーチにしまい込む。
「そういうことなら、話は終わりね。残念だけど、これで失礼するわ。」
「…艦長?」
「仕方ないのよ、トム。」
純度の高いベリリウムは確かに惜しかったが、もしかしたら罠だったのかも知れないとジェインウェイは考え始めていた。それが伝わったのかどうか、中尉も一つ頷くと艦長の後に続いて踵を返し、山道を下り始める。
「ところがそうも行かないんだな、艦長。」
タントゥール人代表の低い声がしたかと思うと、それが合図だったのか銃を構えた数名の男たちが、道の両脇から2人の目の前に躍り出た。
「艦長、臥せて!」
パリスの叫びにジェインウェイがたたらを踏むのと、銃の発射音とが殆ど同時だった。
次の瞬間、彼女の鼻先を高い壁のような背中が塞ぎ、その背中がゆっくりと崩れ落ちていく様はまるでスローモーションフィルムのようだった。
「トム!」
我に返った艦長が素早く跪き、前のめりに倒れ込むパリスの肩を抱き止めると、励ますようにその手を握る。
「…艦長…ご無事で…?」
腕の中で苦しげに声を絞り出す中尉の瞳には本物の懸念が浮かび、ジェインウェイは胸を衝かれた。
「あなたのお陰よ。でもトム、何てことを…。」
「そう…よかっ…」
大きく息を吐いた中尉の言葉は途中で途切れ、艦長の掌からその腕が力なく滑り落ちる。
「トム、トム!」
「…死んだのか?」
いつの間にかそばに来て覗き込んでいたタントゥール人代表の感情のない冷たい眼を、ジェインウェイはありったけの怒りを込めて睨みつけた。


「う…くっ…!」
どのくらい時間が経ったのか…。
緊張の糸が切れウトウトしかけていたジェインウエイだが、パリスの微かな呻き声も聞き逃さずに跳ね起きた。
「トム! ここにいるわ。」
すぐにパリスのそばに屈み、ウェストポーチの中に見つけた清潔な布で額の汗を拭う。
「…艦長…ここ…は?」
至近距離からレーザー銃で射られたパリスの腹の傷は深い。意識を取り戻したとは言え、炎症による高熱から来る悪寒に全身を震わせ、目の焦点も合っていなかった。
「ベリリウム鉱山の洞窟の中よ。」
「僕ら…人質に…?」
「まだ分からない。でも何らかの取引材料にされるんでしょうね。ここに放り込まれた時、例の代表が言ってたわ。宇宙艦隊の連中はこのあたりじゃ嫌われ者だって。きっと最初から、ベリリウムを渡す気なんかなかったのよ。」
「艦…すみませ…ドジ踏んで…。」
自嘲気味に口の端をひん曲げようとしたパリスだが、あまり成功していない。ジェインウェイは驚いて中尉の肩に手をかけた。
「何を言うの! あんな至近距離で撃たれてたら…。トム、あなたがいなければとっくに私は死んでいたのよ?」
「…もっと速く…動け…。」
「それは私も同じ。私がもっと早く、罠だと気づいてれば…。」
艦長は中尉にあまりしゃべらせないようにしようと、先を続ける。
「…副長やベラナやハリー…あなたとのアウェイ・ミッションを経験した何人かのクルーから報告は受けてたのよ。身の危険を感じる状況になると、いつもあなたが矢面に立って、他の皆を守ろうとするって。」
「何でだか…チームの誰かが危険に…と思うと…矢も盾もたまらなく…なっちまって…。」
実はジェインウェイ自身も、いつかこんなことが起こるのではないかと密かに恐れてはいたのだ。それがこれまで、パリスと2人きりの上陸任務を無意識に避けることになった理由に違いない。
何かあれば、パリスの身を危険に晒すことになる…。そして、その通りになってしまった。
「カッコ良すぎる話ね、トム。」
「…本当はそうじゃない…く…ッ。」
「トム、もう黙って…。」
パリスが苦しそうに息を継ぎ、艦長は彼の口を閉じさせようと優しく手をさしのべたが、中尉がきっぱりと振り払う。
「…本当はまた誰かに…僕の無能さのせいで死なれるのが…怖いだけなんだ…。
ついさっきまでジョークを言い合ってた3人が…ほんの一瞬の僕のミスで…もう動かない…死体になってた。
あの事故以来…一緒にいるのが誰でも…危険が迫ると3人の顔がチラついて…振り払うためには僕が…前に出て盾になるしか…。」
「その気持ち…私も知ってた気がするわ、トム。」
「…結局僕はただの…臆病者で…あの事故から何も変わってなくて…。でもあの恐怖にはもう耐えられない…。
だから時々…誰かの前に踏み出して…このまま死ねたらと思うことも…。」
艦長はいつしか、汗で額に張り付いたパリスの髪をやさしく撫で付けてやりながら聴いていた。
「世の中自分の思い通りには行かないものよ。トム、あなたもそれは知ってるでしょう? 定時連絡が途絶えたままなんだから、そろそろチャコティたちが行動を開始してる頃よ。きっとあなたはまだ死ねないのよ。3人への償いを終えないうちはね…。」
「そんなのフェアじゃない…3人分なんて不可能だ…。だって…僕の命じゃ一人分しか…」
再び言葉が途切れ、パリスは悪寒に何度も身を震わせる。呼吸が次第に浅く緩慢なものとなり、再び意識を失いかけているのは間違いなかった。
焦る気持ち抑え、ジェインウェイはパリスの肩をやさしく掴んでその顔を覗き込む。土気色に変わり始めた唇を目にすると、パニックに捕われそうになった。
「トム、トム! 目を覚まして!」
呼吸がますます間延びしたリズムになっている。このままでは、二度と彼を取り戻せなくなるかも知れない。
「パリス中尉、聞きなさい! 償う方法ならあるわ、一つだけ。あなたはまだそれを学んでない! まだ逝ってはだめ! トム!聞こえてるの?」
幾筋もの涙が頬を流れていることに気づきもせず、ジェインウェイは中尉の名を呼び続けたが、もはや彼からの反応は殆どなくなっていた。
「ああ神様!」
ついに彼女がそう叫び、パリスの身体から離した両手で顔を覆った時だった。ブーンという聞きなれたうなりと、全身がチリチリするお馴染みの感覚に包まれ、ジェインウェイは天を仰いだ。


パリス中尉はバイオベッドの上で目を覚まし、傍らのトレス中尉の頬にくっきりと残る涙の跡に明らかに動揺していた。
意識を回復したとの知らせを聞いて様子を見に来たジェインウェイが、そんな2人を見守っている。
結局彼らはしばらく見つめあっただけで言葉を交わすこともなく、パリスの額にそっと手を触れたのが合図のように、トレスはそそくさと任務に戻っていった。
「あなた達と来たら、まるでティーンエイジャーのカップルね。」
ジェインウェイが隣のラボにいるドクターが聞き耳を立てていることを知りながらわざと声を張り上げると、パリスは面白いようにどぎまぎした。
「カップルって艦長、彼女とは話もしてないんですよ?」
「今はそういうことにしておいてあげるわ。」
茶目っ気たっぷりの艦長の笑顔に、パリスは何かを思い出したようだ。
「…ところで艦長。あの洞窟で自分が何を話したのか、ほとんど覚えてないんですが…艦長の声だけが耳に残ってて…。償う方法が一つだけある、って…。」
聞こえていたのだ。トムにはちゃんと。
艦長は笑顔を納め、若い中尉を見つめた。
「トム、もしかしてチャコティに聞いたことない? 経験は言葉に勝る…って。」
パリス中尉はベッドの上で器用に小首を傾げて見せる。
「それってつまり、言葉にして教えるつもりはない、って仰りたいんですね?」
ジェインウェイは破顔した。
「さすがは艦隊随一のパイロット、察しがいいわねパリス中尉。とにかく、あなたが生きててくれてよかったわ。それじゃ私も、ブリッジに戻らなきゃ。」
そう言って大股で出口に向かう艦長の背中を見送って、パリスは小さく溜め息をつく。いつか彼らに償える日が、本当に来るんだろうか? 彼には全く自信が持てなかった。

ブリッジに戻るターボリフトの中で、艦長は一人物思いにふけっていた。
償う方法はある。一つだけ。それには先ず、心から愛し合える伴侶を見つけてパリス自身が幸せになることだ。彼が幸せならその伴侶も、生まれてくる子どもも、家族みんなが幸せになれる。彼によって3人分の幸せが生まれたなら、それで任務は完了のはずだ。
だが彼女がそれを言葉で伝えるより先に、今はベラナが教え始めている。パリス本人がそれと気付くのは何年も先かも知れないが、今は先ず、彼らが幸せになることが先決だ。
トムは立派に、任務を果たすに違いない。
ターボリフトの扉が開くと、ジェインウェイは目の前の現実に戻っていった。

‐終わり‐

あとがき

※サイト開設当初から、本編ではほとんど見られなかったトムと艦長のアウェイ・ミッションの話を書いてみたかったのですが、一度に2つ以上のことが出来ない性格なので連載終わってから考えようって感じでノンビリ…。
ところが先日布団に入ったあとで、上陸任務で捕えられたトムと艦長の会話シーンが浮かび(それとも夢だったのか…?)、朝になったら忘れちゃうってんでメモってるうちに一晩(正確には2時過ぎから明け方までの数時間)で書けちゃったという天啓のような一本。(^~^;)
なのでありがちな展開なのはお許し下され…(^^ゞ。
一応第3シーズン後半あたりを想定してありますが…本編でもこーいうエピが1本くらい、見たかったんだよなぁ…(・。・)。