ヴァイオレット 第1話

 トム・パリス中尉が紫色の柔らかな光を放つ美しいクリスタルの一群を見つけたのは、見知らぬ青白い太陽の第5惑星での上陸任務中のことだった。
ダイリチウム鉱石を探してトゥボック少佐とともに洞窟の奥に分け入った中尉が見たのは、地表から生えたシャンデリアのような、紫色の水晶の一群だった。
地球上で産する紫水晶(アメジスト)に似てはいるが、色の濃淡によるムラがほとんど見られず、透明感が素晴らしい。
「…見事な結晶だ。」
「ヴァルカン人の君までそう言うんじゃ、地球人の俺が我を忘れて見とれるのも道理、ってことだよな?」
そう言いながらクリスタルの一群に2、3歩近付いた中尉の袖を、トゥボックが強くつかんで引き戻す。
「待ちたまえ中尉。その紫の光の中に、弱いが未知の放射線を感知している。分析が終わるまではこの距離を保った方がいいだろう。」
話す間もトリコーダーから目を離さず、あとは無言で分析を続ける少佐に倣い、パリスも自分のトリコーダーを引っ張り出した。
「確かに放射線らしい値はあるけど、極端に少ないぜ?」
「そうだな。直ちに人体に影響を与える量ではないようだ。サンプルを持ち帰って、詳しい分析結果を待つとしよう。」
「やっぱり君も、持って帰りたくなったんだなトゥボック。」
チラリと悪戯っぽい笑みをヴァルカン人に向けると、パリスは背負っていたバックパックを素早く下ろし、中からサンプル容器を取り出すと、手近のクリスタルのいくつかを詰め込み始める。
中尉がなおもクリスタルの山に首を突っ込み、一段と美しく輝く結晶を引っ張り出そうと手を伸ばしていると、後からヴァルカン人の声が飛んで来た。
「サンプルはもう充分だと思うがね、中尉。」
「分ってるけど、もうちょっと待ってくれないか? この特別にキレイな奴を、個人的に持ち帰ろうと思ってさ。君もどうだいトゥボック。こういう石を、瞑想なんかに使うんだろ?」
「確かに大変美しい結晶であることは認めるが、瞑想用には輝きが強すぎる。トレス中尉への贈り物としてなら、充分目的に適うだろうがな。」
「そりゃどうも。」
このヴァルカン人に見透かされるのはいつものことなので、パリスは肩をすくめただけで作業に戻り、ほどなく目的の結晶を手に入れた。

ヴォイジャーに戻ったパリスは、シフト勤務の残りを消化したあと医療室での助手もこなし(と言ってもその日は軽症患者が2名来ただけで、ほとんどの時間をドクター相手にホロデッキ談義に花を咲かせて過ごしたのだが)、自室に引き上げたのは深夜に近い時間帯だった。
扉が開くと、テーブルの上に無造作に置かれたままのクリスタルから穏やかな紫色の光が流れ、まだ照明のともっていない室内を心地よく照らしている。疲れ切っていたパリスは、その穏やかさにたいそう慰められた。
「もう一塊持って帰りゃよかったかなあ。ベラナに渡すの、もったいなくなって来たぞ。」
中尉は独りごちて、その大き目の塊を赤子を抱くように腕に抱え、ベッドサイドに運び込む。
「何だか暖かいなあ。クリスタルって冷たいもんだと思ってたけど。」
そう言いながら、一旦はベッドサイドテーブルに結晶を乗せたパリスだったが、思い直して再び腕に抱え込み、そのままベッドに横になった。
抱き枕としては硬い上に小さ過ぎたが、暖かさは申し分ない。これからは一人寝の夜も、淋しい思いをしなくて済みそうだ。
シーツを肩まで引っぱり上げるのと同時に、中尉は深い眠りに墜ちていた。


機関主任ベラナ・トレスがパリス中尉の私室のドアのチャイムを鳴らすと、
「どうぞ、ベラナ!」
弾むような彼の声が返ってきて、トレスは思わず笑みをもらした。
部屋に入ると穏やかなジャズのメロディが流れ、完璧に整えられたテーブルセットの真ん中に、紫の百合の花が置かれている。
「紫の百合って見たことないわ。よく知らないけど、珍しいんじゃないの? そういえば、昨夜は白百合だったかしら。」
「覚えててくれたんだ。実は昨夜と同じ花なんだよ。今日の勤務の間じゅう、例のクリスタルの隣に置いてたらこうなった。ちょっとビックリだろ?」
トレスのために椅子を引いてやりながら、パリスはベッドサイドが定位置になってしまった結晶を見つめている。
「確かにちょっと不思議な現象ね。だけどとっても綺麗だわ。料理をよく引き立ててる。」
トム・パリスは幸福そうに、輝くような笑顔を見せた。
「地中海料理ってのを、再現してみたんだよ。魚介類中心だから、君の口に合うかどうかは分らないけど…。」
ところが、注がれたワインを飲みながらも、トレスは考え深げな表情だ。
「今日でもう3日目よね、トム。私の勤務が明ける時間に合わせて、こうやって待っててくれるの。」
「だってこうでもしなきゃ、なかなかデートの時間が取れないだろ?」
「医療室の仕事も、真面目にこなしてるって聞いたわ。」
「そりゃ当然だよ。ドクターだって助手が必要だからね。」
「…もちろん私だってうれしいし、こうしているのは楽しいわよ。だけどトム、あなたに不満はないの? 一週間くらい前には、チャコティに提案したことがまた却下されたって、口とんがらせて怒ってたじゃない。まさか忘れたなんて言わないわよね?」
パリス中尉は不思議そうな顔で、目の前の機関主任の顔を見返した。
「もちろん覚えてるさ。でもその問題ならもう解決済みだよ。おととい、僕が副長に謝りに行ったんだ。何たって生意気に筋違いの提案なんかやらかした、僕の方が悪かったんだからね。」
トレス主任は“鳩がマメデッポーを食った顔”で目の前の料理を一口つまみ、艦長に報告しなければ、と考えていた。ニーリックスの立場もあるからせめて週末の夜だけでも、トムにシェフをやらせるべきだ。
いや、その前に。
チャコティ副長とも話さなければならないだろう。ようやくトレスも、トムの身体の重大な変化に気がついた。
テーブルの上の百合の花と同じ現象が、トムにも起こっているようだ。それとも目の前に座る男は、既にトム・パリスですらないのだろうか?
晴れた日のコバルトの海の色だった彼の瞳が、今は穏やかで透き通るような、美しい紫色に変わってしまった。