万聖節の夜に…

 トム・パリス中尉の操縦するデルタフライヤーがワープを抜け、虚空に姿を現した。
ヴォイジャーとのランデヴー・ポイントまで、通常エンジンでほぼ30分の距離だ。
中尉は操縦をオートパイロットに切り替えると、口笛を吹きながら座席後部の収納庫に向かい、中から何やら引っ張り出すと、やおらユニフォームを脱いで着替え始める。
「任務も順調だったし、今夜はハロウィン・ナイトだもんな…。」
中尉は独りごちて、着替えを終えた姿をシャトルの窓に映して悦に入る。
黒っぽいテンガロン・ハットに同色のフリンジ付きポンチョ。ウィンチェスターM92と幸運の1ドル金貨もレプリケートして、バリバリのウェスタン・スタイルだ。
去年のハロウィン・パーティーの仮装コンテストは、ジェインウェイ艦長のアラクニア女王に優勝をさらわれてしまったから、パリスとしては今年こそ雪辱を果たさなければならない。
ところが、銃身の長いライフルを背負って意気揚々と操縦席に戻り、腰を降ろしたとたん、大きな衝撃波がシャトルを襲い、気がつくとパリスは床に転がっていた。慌てて操縦席に取り付き、計器をチェックすると思った通り、突然の衝撃でワープコアがオーバーロードしかかっている。エンジンの出力を調節しようとスイッチに手を伸ばすが、その瞬間に第二波が襲って来た。
今度の波は第一波より規模が大きく、揺れが立て続いたため、シャトルの側壁に叩きつけられ昏倒したパリスの頭上で、ワープコア爆発まであと1分と告げるコンピューターの警告音が空しく響いていた。


目覚めと同時に襲って来たひどい頭痛にパリスはひるみ、何度も目を瞬く。
ようやく痛みが落ち着いたのでゆっくりと顔を上げると、いつの間にかコンピューターの警告音がおさまっている。何が起こったのかと目を眇めて操縦席の方向を見ると、どこか見慣れてはいるが予想だにしない光景が飛び込んで、パリスは跳ね起きた。
操縦席があるはずの場所に、鎮座しているのはピアノだ。ピアノ弾きが奏でているのはパリスお気に入りの一曲「テネシーワルツ」。
いつどうやって、ヴォイジャーのホロデッキに戻ったのか記憶がないが、どう見てもここは自分がプログラムしたマルセイユのビストロ、“シェ・サンドリン”の店内で、パリス自身はなぜか出入り口近くのテーブル席に座っている。
「ねぇトム、今夜はもうそのくらいにして…。」
サンドリンの声がしたので返事をしようとあたりを見回していると、
「頼むから、今夜は放っといてくれよ!」
自分がサンドリンを怒鳴りつける声がして、そちらに顔を向けたパリスは思わず腰を浮かせた。
ピアノを透かした奥のカウンターに、サンドリンの忠告を無視してグラスをあおり続ける男の姿がある。身につけた宇宙艦隊指令部門の赤い制服は、遠目にも薄汚れてよれよれになっているのが分かった。
パリスは強い既視感に襲われ…
いや、見覚えがあるなんてものじゃない。サンドリンを怒鳴りつけ、乱暴に遠去けようとしたのは後にも先にもあの夜だけだ。
これがホロデッキのプログラムであるはずがない。パリスはようやく、自分が本当はどこにいるのか理解し始めた。
むっとする人いきれと、本物のアルコールの匂い。ここは地球のマルセイユで、本当にサンドリンの店にいるのだ。そして時は、8年前のハロウィン・ナイト。

何がどうしてこうなったのか、理由は全く分からなかったが目の前の光景は現実だ。カウンターに座る8年前の自分が、サンドリンがいったんは取り上げたシェリー酒のボトルを乱暴に奪い返すと、グラスも一緒に持ってその場を離れ、覚束ない足取りでこちらに向かって来る。パリスは慌てて、テーブルの上に転がっていた例の黒っぽいテンガロン・ハットを目深に被った。
もう一人の自分は結局パリスのテーブルの一つ置いて右の席に腰を降ろし、座ると同時に手酌酒をあおり始める。間近で見ると、彼の制服はひどいものだった。もう何日どころか、下手をすると数週間、着替える機会がなかったような汚れ具合だ。
確かにそうさ。2週間は着たきり雀で過ごしたことが、一度だけあったものな。
艦隊司令部のドクターは、当時のパリスの状態を事故のショックによる心的外傷後ストレス症候群であり、休暇が必要だと診断を下した。そして司令部がくれた2週間の休暇中、パリスは自分が真実を喋り出すのが怖くて、実家はもとより友人の部屋にさえ転がり込むことも出来ずに、昼は公園やホロ・ムービー上映館で過ごし、暗くなると馴染みのバーを明け方まで梯子して回るという、およそ休暇の定義とは外れた日々を過ごしていたのだ。
「なるほど、どこにも行くアテがないって訳か。」
パリスはもう一人の自分には目を向けず、目の前の壁を見つめて呟いた。
「何だと? お前何者だ?」
お前と来たか。そうだったな。パリスは口の端をひん曲げ、ほんのわずか相手の方に顔を向けて答えた。
「ジャンゴだよ。“荒野の用心棒”。見りゃ分かるだろ?」
「フン、今どきハロウィンだからって仮装に凝るなんて、古臭い奴がいるもんだな。」
「お前だって同じだろ、トミー。アルコールで罪を洗い流そうなんて百年古いぞ。」
トミーが真っ青になって震えている。酔いが一気に冷めた様子だ。
「…どうして俺の名を? それに罪って…。あんた何を言ってるんだ?」
「分かり切ったことを聞くなよトミー。こっちは話すにのうんざりしてるんだ。」
「あ、あんた死神か?」
「はは、まさか。用心棒だと言ったろ? 悪いことは言わん、今のうちに真実を告白しちまった方がお前の為だぞ。」
「…何で知って…。あんた、ほんとはどこの誰なんだ?」
トミーの絶望的な視線が痛かった。どうにかして思い出さなきゃ。こいつをどうやって説得したんだっけかな。肝心なことをすっかり忘れちまってるなんて…。
「…安心しろトミー、お前を責めようってんじゃない。俺にはその資格もないしな。だがその制服を身につけてる以上、真実を話す義務があるんじゃないかと思ってな。でないと本当に、取り返しのつかないことになっちまうぞ。」
トミーは黙って、目の前のグラスを見つめている。酒をあおる気はなくなったらしい。いい傾向だ。
「…言われなくても分かってる。いい加減、自分を誤魔化すのも限界だし…。でも今の俺には、とてもその重さに耐えられる自信がなくて…。」
パリスはカウボーイパンツの尻ポケットから、レプリケーター製の1ドル金貨を取り出し、指先でトミーのテーブルを狙って弾き飛ばす。金貨は隣のテーブルで一度バウンドすると、うまい具合にトミーの目の前に転がった。
トミーが疑問符のへばりついた顔で、パリスを見返す。
「取っとけよ、それは幸運の1ドル金貨ってもんだ。お前がちゃんと耐えられるって、証拠の品さ。」
「証拠の品?」
「告白して何年かは、確かに今よりも辛いだろうさ。艦隊を追い出されることになるんだからな。だけどトミー、全てはヴォイジャーって名の、幸運の女神に出会うための通過儀礼なんだ。」
「…通過儀礼だって? それにヴォイジャーって何だ? 船の名前みたいだが…。」
パリスはとうとう覚悟を決めて振り返り、躊躇せず過去の自分を真正面から見つめて答えた。
「俺の言葉が信じられなきゃ、自分を信じろ、トミー。」
トミーもパリスの瞳を見返した。それはまるで、鏡を見ているようだった。
「…どうしても本名を教えてくれないのかい? ジャンゴ。」
「その金貨を忘れなきゃ、そのうち分かるよトミー。」
「また会えるってことか?」
「ああ、もちろん。」
パリスはそう言うと、もう一度トミーの瞳を覗き込み、役目を果たせたことを知った。
トミーは明日、艦隊本部に戻って全てを告白するはずだ。右手に幸運の1ドル金貨を握りしめて。
晴れ晴れとした気分で、パリスはサンドリンの店を出た。テンガロン・ハットを目深に被ったままだったから、彼は自分を狙う暴漢が一緒に店を出たことに気付けなかったのだ。
突然現れた大男に、強烈なアッパー・カットを食らってパリスは再び昏倒し…。

再び目覚めると、デルタフライヤーの操縦席に突っ伏していた。
警告音が聞こえないので計器類をチェックしたが、シャトルに衝撃波を受けた痕跡は残っていない。ワープコアも安定していた。
「…夢だったかな?」
呟きながらパンツの尻ポケットを探ってみたが、幸運の1ドル金貨がなくなっている。
やっぱりそうだ。8年前、万聖節の夜に出会った奇妙な男は俺自身だったってことか…。
「恩にきるぜ、ジャンゴ。」
操縦席の窓に映る用心棒にパリスがそう言ってウィンクした時、その彼方に停泊中の彼の幸運の女神、U.S.S.ヴォイジャーの船影が現れた。船尾に2本のワープ・ナセルが光っている。


結局その年のハロウィン・ナイトも、パリス中尉は仮装コンテストの優勝を逃がした。
ナオミ・ワイルドマンの愛らしいティンカー・ベルに審査員全員が魅了されてしまったのだから仕方がない。パーティーがはねて自室に戻ると、ジャンゴの衣装をリサイクラーに放り込んだ後、パリスはふと思いついてクローゼットに向かった。
上部の棚から、首にかけられるよう長い革紐のついた小さなポーチを引っ張り出す。
ネイティヴ・アメリカンの呪術師がまじないの道具を入れていたポーチだそうで、チャコティ副長からのもらいものだ。中から出てきたのは、例の幸運の1ドル金貨。
どう見てもレプリケーター製の、ニセ金貨を入れるための物じゃないぞと、副長に笑われたっけ。
パリスはそれでも、いとおしそうに金貨を握りしめ、再びポーチの中に戻すと元の棚にしまった。
そして来年こそは、仮装コンテストに優勝してやると心に誓ってベッドに転がり込み、すぐに平和な寝息を立て始めた。

‐終わり‐

あとがき

※ハロウィンのお話ってコトで書いてみました。
トム君のコスプレは、単にウェスタン・スタイルのイラストを一度描きたかったので、その口実を作ったダケでぇ…(^^ゞ。