FOREVER (後編)

 ハリー・キムが医療室のバイオベッドで目を覚ますと、今にも泣きだしそうに歪んだパリスの顔が覗き込んでいた。
「あれ、トム。どうしたの?」
「ハリー、俺…。」
その時、パリスの眼前をドクターの腕が無情に横切った。
「すまんが少佐、ちょっとどいててくれないか。患者をスキャンしたいんでね。」
追い立てられるようにパリスが2,3歩後ずさると、トリコーダー片手のドクターがキムの全身をスキャンし、満足そうな表情で微笑む。
「少佐、もう心配ないぞ。大尉はほぼ回復してる。」
だがこの報告は、パリスの耳に入らなかったようだ。
「悪いけどドクター、ちょっと外してくれないか。」
EMHが不承不承にラボに引っ込むのを確認してから、硬い表情のパリスがキムのベッドに近づく。
「ハリー済まない。全部俺のせいだよ。」
「だから何のことだよトム? ドクターから聞いたろ、もう大丈夫なんだって。」
「何言ってんだ、あとちょっと治療が遅れたら死ぬとこだったんだぞ! ホロデッキの安全装置解除してたの忘れたせいで、君まで失うとこだった…。」
パリスは声を震わせ、片手で目を覆ってしまった。
「トム、大袈裟だよ。結局大したことにはならなかったんだし、もういいじゃないか。このところ僕より君の方がずっと大変だったんだから、忘れるのも仕方ないって。」
「ハリー…。」
ハリー・キムはゆっくりと体を起こし、パリスの腕にそっと手をのせた。
「誰かを忘れようとして、君はちょっと頑張り過ぎたんだ。きっと少しゆっくりした方がいいんだよ。一人になるのが嫌なら、ニーリックスに会いに食堂行ってみたら?」
「…ダメなんだ、ハリー。あれからずっと…俺ってばベラナの姿ばっかり追いかけてる。この艦のどこに行ってもベラナの思い出がよみがえって、じっとしていられない。辛いんだよ…あと少しで追いつけそうな気がするのに、どこにもいない…。なぁハリー、俺…どうしたらいいのか分からないんだ…!」
そう叫び、子供のように泣き出したパリスの背中を、ハリー・キムはベッドの中から抱き寄せて呟いた。
「…トム、気付けなくてごめん。君はずっと、一人ぼっちで崖っぷちにいたんだね…。」


「何だって? 艦を降りる?」
チャコティ艦長はブリッジ奥の作戦室でトム・パリスと向き合っていた。
「ちょっと待った。トム、まさか本気じゃないんだろ?」
「いえ、艦長。残念ながらもう決めたんです。」
チャコティは一瞬瞑目し、一呼吸置いてから応える。
「決めたって…そんな重大なことを、俺に相談もなしにか?」
パリス少佐はよほど気まずいと見え、チャコティ艦長と視線を合わせようとしない。
「慰留されると思ったので言い出しにくくて…済みません。」
「まぁその気持ちも分からんでもないが…。それで、降りてどうしようっていうんだ?」
パリスはその質問を待っていたように、ゆっくりとチャコティに視線を戻す。
「行きたいところがあるんです、艦長。ここからだとだいぶ戻ることになるんで、シャトルを一機譲って頂けると有難いんですが。」
「トム、俺はお前が…もう少し経験を積んだら副長になってもらおうと考えていた。」
「チャコティ…。」
「順番からいえばトゥボックだが、あいつには長いこと騙されてたからどうしてもわだかまりがあってな。だから尋ねる権利はあると思うんだが…任務を放棄する理由を教えてもらえるか?」
パリスは再びチャコティから視線を外し、窓の外の深淵を見つめた。
「…ベラナに会いたい…。」
声が震えていたので、チャコティには少し聴き取り難かった。
「何だって?」
「ベラナに会いたいんだ、チャコティ。でもヴォイジャーのどこにも、彼女はいない…。」
「そりゃそうだろうが…待てよ、かなり戻ると言ったな。まさかお前、またあの惑星へ…。」
「そうだよチャコティ、ばかげてる。でも、他に方法はないって分かってるはずだ。頼むから行かせてほしい。」
チャコティ艦長はとうとう立ち上がり、パリスと並んで窓外の深淵に目を向けてゆっくりと言った。
「なぁトム、俺が好きで昇進を決めたと思うか? もちろん違う。出来ることならずっと、副長のままでいたかった。ジェインウェイ艦長の存在をこの手で削除するみたいで、どうしても嫌だったんだ。だがトゥボックやジョー・ケアリー、ニーリックスまでがやって来て俺を説得する。ことは俺の気持ちだけの問題じゃない、ヴォイジャーに艦長がいなきゃ、クルーの士気が保てないってな。」
パリスはじっと、窓外の深淵に浮かぶ星々を見つめている。
「その通りかも知れん。だが俺の中では、この昇進はあくまで形式だけのものなんだ。俺にとって、ヴォイジャーの艦長は一人しかいない。だから今でもこの部屋にいると、その存在を強く感じられる。見守られてるんだと、俺は思うことにしたよ。」
「…よくわかるよチャコティ。俺もそんな風に感じられたらどんなに楽か。でもダメなんだ。どこに行ってもベラナとの思い出が追っかけて来るのに、姿が見えない。もうこの世にいないって現実に、そのたびに打ちのめされちまうんだ…。」
「時間が解決するってことも、あるんじゃないか、トム?」
「…この先何年も、この痛みに耐えろって? 悪いけど俺には、とても無理な相談だ。」
チャコティは改めてパリスに向き直る。
「そうか…。今日は話せてよかったと思わなきゃな。俺の気持ちをわかってくれる部下がやっと見つかったってのに…思いとどまる気はないか…。だがトム、君は艦隊士官だ。俺から出発の許可は出せないぞ。」
パリスは初めて微笑んだ。
「分かってるよ、チャコティ。許可なんかいらない。好きにしろって放り出してくれればいいんだ。」
チャコティ艦長は目を閉じ、大きく息を吐いた。
「そうだったな、トム。残念だが仕方がない。…お前の好きなようにすることだ。」
「副長、ありがとう…。」
そう言ったパリスの瞳の奥に蛍火のような光がともっていたことを、チャコティは生涯忘れないだろうと思った。


トム・パリスを乗せたシャトルは、何度目かのワープで目指す惑星に辿り着いた。
スペース・スーツを着こんだパリスは片手に小さな箱を持ち、ゆっくりとタラップを降りると記憶にある洞窟のそばの、銀色の流体生物の池を探した。
ほどなく池が見つかると、パリスはためらうことなく小さな箱の中身を池にぶちまける。そうして自分もスーツのヘルメットを取り、そのまま池に飛び込んだ。

数か月後、デーモンクラスと思われていたその惑星の表面に、数百メートル四方の緑に覆われた一角が現れる。
その中心部には、明らかに艦隊仕様と思われる近代的だが小じんまりとした住宅が建っていて、地球人とクリンゴン・ハーフの男と女が何かにつけて言い合っている声が、ときに窓の外まで聞こえて来た。
そして、前夜の激しい応酬で気まずい朝には、眠れなかった男が庭に朝食のテーブルを用意して待っていたりする。怪訝な表情の女が席に着くと、男は決まってこう言うのだ。
「昨夜はごめん、ベラナ。ホントいうと僕は、君さえいれば他には何もいらないんだ。」
そうしてそれはいつまでも、何度でも繰り返されるのだ。

‐終わり‐

あとがき

またまた、第3シーズン(#63)「9歳のケス(Before and After)」関連の話です。
ここではケスの「可能性の未来」でベラナを失ったトムのその後、ってコトになってます。
「Before and After」ではケスと結婚しちゃうトムですが、ベラナを想い続けてたらどうなったかなと考えてたらこんな話になりました。
根暗な話かもだけど、幽人としてはけっこう気に入ってたりして…(^^ゞ。
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