I'll be Home for Christmas

「あらトム、こんな時間にどうしたの?」
聞き慣れたオカンパ人女性の声に不意を衝かれて、トム・パリスは飛び上がりそうになった。
「やぁケス。君こそずいぶん早いんだね。」
早朝の誰もいない食堂の一角で、パリス中尉が狭いテーブル一杯にカード類を広げ、ペンで何やら書きつけている。
「…もしかして、字を書いてるの?」
ケスがもの珍しそうに近寄って来たので、中尉も悪戯を見とがめられた子どものような笑顔を見せる。
「まあね。手書きに挑戦したのはいいけど、字なんか何年も書いてなかったから失敗しちゃってさー。カードをよけいにレプリケートしといてよかったよ。」
「ちょっと見せてもらっていい? 地球の文字は読めないから、何て書いてあるのか分からないけど…。」
ケスがテーブルの上の一枚を手に取ると、パリスがどうぞと言うように頷いている。
「ただクリスマスおめでとうって書いただけなんだ。そっちはアンドリューって男の子宛で、今書いてるのがリニスって女の子の分。」
パリス中尉は手書き作業で下を向いていたため、その時一瞬凍りついたケスの表情を見逃してしまった。
「トム、どこでその名前を…?」
最後の一行を書き終えると、目を眇めるようにしてカードを眺め、しばし悦に入ってからパリスは初めてケスをまともに見返した。
「それが妙な話でさ。2人とも昨夜の夢に出てきたんだけど…。昨夜ったって、イブだってんで皆でホロデッキで遅くまで遊んでたし、部屋で眠ったのもついさっきの2時間くらいなんだけど…何だかとんでもなく長い夢を見た気分なんだよね。」
オカンパ人のケスもじっと、パリスの瞳を覗き込んでいる。
「…どんな夢だったの? トム。」
「それが…アンドリューってのは僕の孫なんだ。リニスはその母親で、つまり僕の愛娘。そして彼女を産んでくれた僕の妻がオカンパ人の…ケス、君だったんだよ。」
ケスは何と答えたらよいか分からず、曖昧にほほ笑んで
「それで?」
と先を促した。
「いや~、初めて'おじいちゃん'って呼ばれた時はどうしようかと思ってさー。俺としたことがしどろもどろ。直前までハリーや副長やトゥボックまで引っ張り込んで遊んでた『悪魔の毒毒モンスター』ゴッコも忘れちゃうくらい幸せな夢だったな…。」
「悪魔の毒毒モンスター?」
いつの間にかパリスのテーブルに椅子を寄せて座り込んでいたケスが、大袈裟に顔を歪める。
「せっかく誘ってやったのに、トゥボックのノリの悪さはもう最低…って、こめん、夢の話だったよな?
とにかく何て言うか、数年分の時間をまとめた映画を見てるみたいな感じなんだ。リニスが生まれて、オカンパの血が入ってるからすぐ大きくなって、ハリーと結婚してアンドリューが…。ハリーが娘婿だぜ! 義弟ならまだしも…。
あれ? ケス、どうかした?」
美しいオカンパ人の頬に、こらえきれなくなって溢れた涙の雫が光っている。
「…ごめんなさい、トム。その夢もしかして、私のせいで見ることになったのかも…。」
「どういうこと?」
ケスは何とか涙を振り払い、怪訝な表情のパリスを正面から受け止めた。
「黙ってるつもりだったけど、この状況じゃフェアじゃないわね。トム、未来の私がクロノトン放射能に汚染された時のこと、覚えてる?」
「そういえばそんなこと言ってたっけ? 詳しくは聞いてないけど…。」
「9歳の私が生体活性チェンバーの治療を受けたせいで、体内のクロノトンが活性化して過去にランダムにジャンプし始めたのよ…。リニスとアンドリューは、その可能性の未来で生まれた子供たちなの。
最初のクレニム人の攻撃で艦がクロノトンに汚染された時、あなたはベラナを失って…。」
「…ちょっと待った、ベラナを失う…?」
パリスの表情が、懸念から恐れへとゆっくりと変わっていく。ケスは思わずテーブルの上の彼の腕に自分の手を重ねた。
「落ち着いてトム、あくまでも可能性の未来でのことよ。実際の時間軸は、ドクターにクロノトンを中和してもらった時点で修正されてるから、私が体験したのは今では起こり得ない未来、ってことになるわ。」
「それって確かなんだよね?」
「もちろん未来に何が起こるかは誰にも分からない。でもあの時と時間軸が変わったのは確かだから、全く同じ未来にはならないはずよ…。」
「OKわかった、とりあえずそういうことにしておこう。」
パリスは何度も頷き、自分を納得させているようだ。
「それでどうして、君のせいで僕の夢が…?」
「ゆうべ眠る前に…たぶんあなた達がホロデッキで遊んでる頃よ、艦長がクリスマスってどんな意味があったのか話して下さったの。その日に救い主が生まれたって神話があって、その誕生を祝って大切な人とプレゼントを贈り合う習慣があったって。
大切な人って聞いて、なぜかリニスやアンドリューを思い出しちゃったのよ。もう二度とあの子たちに会えないと思ったら、昨夜はほとんど眠れなくなって…。だからきっと、あなたの夢がそんなことになったんだわ…。」
ケスの瞳はパリスの横顔を透かし、その向こうの窓外に広がる星々を見つめている。パリスもその視線を追い、2人はしばし言葉を失っていた。
「…そうだったのか。あの幸せな夢は、君が見せてくれたんだね。
ところで艦長から聞いたかも知れないけど、昔は'クリスマスの魔法'っていう言葉もあってさ。救い主の誕生で天使たちが人間界に降りて来るから、クリスマスイブにはあちこちで小さな奇蹟が起こるものだったらしいんだ。
だけどケス、クリスマスの本番は今日だ。遅れて来る天使だっているかも知れない。」
「そうね…。でも何のこと? トム。」
「さっきはもう会えないって言ってたけど、今夜は君の夢を、彼らが訪れるんじゃないかなぁ?」
ケスはじっと、トムの手書きのクリスマス・カードを見つめていた。
「…ねえトム、私もサインしていい? 地球の文字は書けないけど…。」
「もちろん! ママのサインがなくちゃおかしいもんな。」
トム・パリスは悪戯っぽく笑い、カードとペンをケスに手渡す。彼女が不思議な形の絵文字を書き入れると、完璧なクリスマス・カードになった。
「ねぇ、何て書いたのか教えてくれる? トム。」
「もちろん。『クリスマスおめでとう。どこにいても、君たちの幸せを願ってるよ。パパとママより』…完璧だろ?」
「…ステキだわ。ありがとうトム。ホントに今夜、あの子たちに会える気がしてきた。」
「それじゃ、カードは君が持ってた方がいいかもね。ホントのとこ、ベラナに見つかって説明する羽目になったらどうしようかと思ってたんだ…。」
言いながら、パリスは手書きのカードを二枚とも、ケスの手に押し付けた。その時…
“ブリッジより上級士官へ。全員直ちに会議室に集合して!”
「おっと、きっと今夜のクリスマス・パーティーの打ち合わせだな。それじゃケス、パーティーで。」
艦長の声にパリスがそそくさと立ち上がり、大股で扉に向かう。
「メリー・クリスマス、トム。」
「メリー・クリスマス!」
慌てて声をかけたケスに、パリス中尉が戸口で振り返って応え、扉の向こうに消えた。
独りになったケスは、記憶の彼方の子ども達へ贈るカードを胸に抱くと、ゆっくりと息を吐いて気持ちを整え、パリスに続いて食堂を後にした。

‐終わり‐

あとがき

※一応クリスマスFic、ってコトで…(^^ゞ。
ケン・グリムウッドの小説「リプレイ」が好きなのですが、「9歳のケス(Befor and After)」も同じようなテーマを扱ってるのと、トム君の出番も多いのでお気に入りエピなんです。
もう一つのトム君の人生がケス1人の胸にしまわれたままなのが気になってたので、勝手に答えを出してしまいました(;・∀・)。